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卒業生からの便り Vol.1

株式会社文化放送アナウンサー

山田 弥希寿さん

法学部 国際政治学科(※2018年に国際コミュニティ学部国際政治学科に改組) 2016年卒業

夢のきっかけと挑戦の4年間

ラジオ番組の放送風景

小さい頃は「プロ野球選手になりたい」そんな夢を抱く野球少年でした。しかし、中学でプロ野球選手は無理そうだと気付きます。その後は歌手を夢見ましたが、高校に私より歌のうまい人がいて断念しました。私に向いていることは何か……夢を模索していました。転機は高校2年時の、野球部内での紅白戦でした。私は、監督に「実況をしてもいいですか?」と提案し認められました。試合後、監督からは「実況良かったぞ。」と褒められました。私はそれまで、監督から褒められた記憶はなく、はじめて褒められたのがその実況でした。この出来事が、「アナウンサーになって野球実況を仕事にしたい」と思うきっかけとなりました。
高校時代は、やりたいことに挑戦する時間もとれないほど野球漬けの日々だったので、大学では、とにかくやりたいことには挑戦すると決意して進学しました。在学中は、イベントの主催や司会、ライブ活動、テレビ・ラジオ出演、韓国・仁川大学への留学、2014年豪雨の災害復旧ボランティア活動など、やりたいと思ったことに挑戦していきました。勉強面では、ゼミ内のプレゼンテーションで、聞く人の学びになることはもちろん、退屈せず興味を持ってもらえる話し方を意識していました。まず話しはじめの掴みで興味を持ってもらい、パワーポイントの見せ方も飽きさせないように工夫を凝らしました。図書館の研究個室にこもって準備をしていたのが昨日のことのようです。大学時代に培ったプレゼンテーション力や話し方、挑戦する姿勢は今も生きており、4年間で得た経験が財産となっています。

喋りが聞きたいと思われるように

坂本選手の2000本安打達成を実況

野球実況を仕事にしたいと夢をもった17歳。それから10年、夢が叶いました。現在は、アナウンサーとして、スポーツ実況や取材、ナレーションといった仕事をしています。「昨日は西武通算3000勝、所沢へ本拠地を移し41年、節目の1勝をあげました。」この一言を発した放送席からの景色は、これから先、忘れることはありません。この日、埼玉西武ライオンズの中村剛也選手が史上8人目となる同一球場200本塁打を放ち、その放物線は深く脳裏に焼き付いています。また、読売ジャイアンツの坂本勇人選手の通算2000本安打も実況しましたが、記録がかかった球場の雰囲気、達成した瞬間の歓声は強く印象に残っています。
実況は、二度と同じ場面はありません。目の前の様子をどう言葉で表現するか、とても緊張感とやりがいのある仕事です。事前の取材で話を聞くことにより、この試合にかける思いを感じることができます。その思いを胸に、伝える側も全力でマイクに向かいます。また、ナレーションもただ原稿を読むだけではありません。息継ぎのタイミングや、丁寧に読むところ、抑揚のつけ方など、技術が必要で、奥が深いです。例えばCMの録音は秒数が決まっているので、時間内におさめつつ印象づける、これが難しいです。しかし、その分、上手くできたときの達成感があります。このほか、ニュース読み、イベントの司会や、岩本勉さん、壇蜜さんなどのラジオ番組も担当しています。スポーツに限らず「山田の喋りが聞きたい」と思ってもらえるよう精進します。

唯一無二になること

テレビ番組の収録風景

「この人の喋りが聞きたい」、「実況が聞きたい」と思える人に共通しているのは、唯一無二であることです。他の誰にも真似できない喋りがそこにはあります。AI技術が進む中、個性のない喋り手はこれからどんどん淘汰されていくと予測します。人気のある喋り手は型にはまらず、たくさんのことに挑戦し、経験をつんできています。これからも努力を怠らず、挑戦し続け、誰にもできない自分の喋りをめざしていきます。 

あなただけの生き方を

変化の早い時代で生き残るために、自分自身で考え、挑戦していくことが必要だと思います。挑戦することによって、未来を切り開けます。失敗もあなただけの財産になります。コロナ禍で苦しい状況ですが、この状況だからこそ、やれることもあるはずです。私も挑戦の途中です。もっと有名になるためには、この世界で生き残るためにはどうすればいいか、常に考え、挑戦しています。私は挑戦するようになってから生きていくことが楽しくなりました。学生のみなさんも自由に使える時間でやりたいと思ったことにどんどん挑戦してください! 
※掲載内容は全て取材当時(2021年)の情報です。