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人文学部 佐藤量先生

人の移動から共生社会のあり方を考える 

人文学部 准教授 佐藤 量(サトウ リョウ)先生

立命館大学大学院 先端総合学術研究科 博士課程修了
博士(学術)
専門分野:比較社会学、移民研究、オーラル・ヒストリー研究
主要研究テーマ:移民の地域定着と多文化共生

人の移動を起点に社会を見る

私は移民研究の領域において、戦後に満洲から帰国した満洲引揚者を中心に、人の移動が個人の生活と地域社会にどのような影響を与えるのかを考えています。満洲引揚者は、敗戦により生活基盤や財産を失い、家族の離散や故郷の喪失を経験しました。引揚げは、「帰る」という言葉の響きとは裏腹に、実際には住んだことのない地域で新しい生活を築く営みに近いものでした。
移動とは、ただ住む場所を変えることではなく、仕事や住まい、人づきあいを一からつくり直す、大きな変化をともなう現象です。またその人たちを迎える地域のあり方もよく見えてきます。こうした人の移動を起点に社会を見ることで、共生社会を考えるための新しい視点が生まれると考えています。人の移動は個人の問題にとどまらず、地域の歴史や社会構造、そして記憶の在り方を映し出す鏡でもあります。

生活再建を支えた人的つながり

満洲からの引揚者は、帰国後、住居の確保、就職、子どもの教育、地域住民との関係づくりなど、生活全体を立て直す必要がありました。私は引揚者へのインタビュー調査や日記、手記、同窓会誌、自治体の資料などを用いて、こうした生活再建の過程を追ってきました。
その中で特に注目しているのが、満洲時代に由来する人的つながりです。満洲の日本人学校や会社、住民同士のつながりは、戦後の生活再建に大きく役立ちました。仕事や住まいの情報交換、子育ての相談、精神的な支え合いなど、行政の支援では補えない部分を当事者同士が埋めていきました。こうしたコミュニティは、生活再建を後押しする社会関係資本として機能し、引揚者の地域定着に強い影響を与えました。
しかし、定着できるかどうかは地域側の状況にも大きく左右されました。地域によっては引揚者を受け入れ、労働力や住民として迎え入れたところもありましたが、一方で「他者」として偏見が向けられ、排除されることも少なくありませんでした。地域の産業構造、住宅事情、教育環境、行政の対応、住民のまなざしなど、多くの社会的要因が絡み合っていました。個人の努力だけではどうにもならない面があったという点は、共生社会を考えるうえで示唆的です。

記憶の継承と忘却

引揚げの経験は、地域の歴史の中でどのように語られ、また語られてこなかったのかという点でも大きな差が見られます。記念碑や資料館において顕彰・展示されることもありますが、ほとんど言及されることなく、社会の記憶から忘れられてきた経験もあります。
どのような経験が歴史として選び取られ、忘却されてきたのかという歴史記憶の取捨選択に注目することは重要です。記憶の扱いは、社会が移動者をいかに位置づけ、どのように向き合ってきたのかを表しています。

広島と移民の歴史

広島は、移動の歴史が幾重にも重なる地域です。戦前には日本を代表する海外移民輩出県であり、多くの人びとがハワイ、北米、ブラジルなどへ渡りました。戦後には宇品港・呉港・大竹港が引揚港となり、多くの引揚者が広島に戻ってきました。さらに、戦後復興期を経て、日系ブラジル人や中国帰国者、近年では東南アジアを中心とする技能実習生など、多様な背景を持つ人びとの生活の場となってきました。人の移動の重なりの中で、広島には多文化的な生活空間が形成されてきたと言えます。
広島の歴史に移民や引揚げの視点を重ねることで、人の移動と定着、共生が複雑に絡み合ってきた多層的な地域史が浮かび上がります。

移民研究の視点から

満洲引揚者の生活実践や地域社会との相互作用を考えることは、過去の出来事を記述することにとどまらず、現代の多文化共生社会を構想するうえで多くの論点を提示してくれます。引揚者がどのように生活を再建し、地域に定着していったのか、また社会の側がそれにいかに応えてきたのかを知ろうとすることは、移民を含む多様な人びととともに生きる社会を考えるための出発点となります。人の移動から社会を見るという視点は、歴史を未来につなぐ思考の枠組みとして、これからの地域づくりにおいてますます重要になっていくと考えています。