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人間環境学部 岡西政典先生

『新種を見つける学問?分類学とは』

人間環境学部 助教 岡西 政典(オカニシ マサノリ)先生

東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 博士課程修了 博士(理学)
専門分野:動物系統分類学、多様性生物学
主要研究テーマ:海産動物クモヒトデ類の系統分類学的研究、クモヒトデ類の環境指標生物としての有用性の評価

地球環境問題と生物

近年、地球沸騰と呼ばれるような熱波や各地での大雨、洪水など、地球環境問題がニュースなどで大きく取り上げられるようになりました。果たしてこれが一時的なものなのか、それとも増加傾向として今後も続いていくのか。そのような未来を予測するためには、過去の環境の記録を参照することが必要不可欠です。例えば同様の気候変動が過去に何度も起こっているのであれば、また通常に戻ると考えられますし、前例のない事態だとしたら、早急な対策が必要です。環境の記録の一環として、ある一定の地域で定期調査を行い、人への影響を調べる環境モニタリングという活動が挙げられます。私の専攻する生物学の分野では、その地域内の動植物のモニタリング調査を行います。例えばある湖で20種が観察されたとすれば、その後の種の増減を定期的に追うことで、環境変動が生態系に及ぼす影響が評価できることになります。

しかしこの時、実際には100種の生物が得られていたとすればどうでしょうか。つまり、20種は図鑑などを見て名前が分かったのですが、残り80種は名前が分からなかったので、モニタリングには含めなかった、ということです。この場合は、その環境変動の評価には大きな偏りが生じると考えられます。なぜなら、湖という一つの生態系においては、基本的にはすべての生物は、食べる—食べられるなどの関係でつながっているからです。もしこの80種は無視してモニタリングを続けたとしても、その80種の方に大きな異変が起きた場合、実際にモニタリングしている20種にも、種数の減少などという形で影響が及ぶでしょう。その時私達は「突然湖の生物の種数が減ったが原因不明」という判断をくださざるを得なくなります。原因が不明なのですから、環境保全計画自体も立てられなくなります。このような、専門家によっても名前が調べられない種は、新種であることが多いです。つまりこの湖には、80種(近く)の新種がいたことになるわけです。

この「80新種」は、大げさだと思われるでしょうか?実はこの数字は、科学的な知見に基づいています。現在地球上で名前が付けられている種の数は約200万種と言われており、新種は800万種くらいはいるだろう、と言われているのです、前述の20種、80種という数字は、この割合を当てはめたものになります。
もちろん、この800万の新種は、体が小さかったり、深海に住んでいたり、もしくは形は同じなのにDNA情報しか違っていないような種だったり、私達が「見つけにくい」生物だと思います。しかし、このような新種も、前述した通り生態系の一部を担っています。その意味で、これらの種が絶滅する前に発見し、名前を付けることは、地球環境を考える上で急務といえます。

分類学とは?

前置きが長くなりましたが、私が専門とする分類学は、このようなまだ見つかっていない新種を発見して名前をつけ、私達が認識できるようにする学問です。例えば世界を騒がせ、新型コロナウイルスの対抗策として開発されたワクチン(特にmRNAワクチン)の製造には大腸菌が用いられます。この大腸菌には分類学によってEscherichia coliというアルファベットの綴りの名前が付けられています。これが生物学で用いる「学名」と呼ばれるものです。学名は、人類が共有できる唯一の綴りです。「エスケリキア・コリ」とカタカナで綴っても、それは正式な学名とはなりませんし、それをもって世界中の人と、大腸菌という生物の情報をやり取りし、ワクチンを早急に開発することはできません。生物学の世界では、必ず生物に学名を付けます。先に述べた約200万種という数字は、このような学名がつけられたものです。

まだ800万も新種がいるというと時々驚かれますが、実はこの数字すらもはっきりとしたものではなく、もっと多く、1億種以上の新種がいると予想する分類学者もいますし、逆に500万種と見積もる分類学者もいます。つまり私たちは、この地球上に、どれだけの生物種がいるのかという、それすらも正確にわかっていないのです。それくらい、分類学はまだまだ終わりのない学問分野と言えます。

クモヒトデを分類する

私は、海産無脊椎動物のクモヒトデ類という生物を対象に、分類学に取り組んでいます。クモヒトデ類は、ヒトデに似て非なる生物です(図1、 2)。一般的にあまり知られておらず、水族館でも海底の掃除屋として飼育されている場合がほとんどです。しかし私は、このクモヒトデの分類学が、地球環境問題の解決に貢献すると考えています。その理由は、クモヒトデの生態にあります。

図1:メナシクモヒトデ(A)とジュズベリヒトデ(B)の背側の様子。矢印は自切した腕の切断部。

図2:メナシクモヒトデ(A)とジュズベリヒトデ(B)の腹側の様子。腕の真ん中に溝がある方がヒトデ、なければクモヒトデと見分けることができる。

 クモヒトデは、小さかったり隠れて暮らしているものが多いため人目にはつかないのですが、実は岩の下や泥の中などにはたくさん群生しており、幅広い海洋環境に生息しています(図3)。そのような、生息範囲が広く、数も多い生物は、その生息域の環境を表す「環境指標生物」に適しています。しかしクモヒトデは分類学などの基礎的な研究も進んでいなかったため、環境指標生物としての研究はほぼ行われていませんでした。

図3:相模湾で得られるクモヒトデ。写真撮影:幸塚久典(東京大学)

そこで私はこれまで、このクモヒトデの分類を整理するため、世界中のクモヒトデの標本サンプルを集めて研究を行ってきました。まだまだ道半ばではありますが、これまでに23の新種に名前を付けています(図4)。日本近海のものが主ですが、これから研究を進めていけば、何百というクモヒトデの新種が見つかるだろう、と予想しています。

さらに最近は、人間環境学部という所属を活かし、クモヒトデと環境の相互作用を調べるため、海水に漂うクモヒトデのDNAを解析する「メタバーコーディング法」の開発に取り組んでいます。これは水を汲むだけでそこに生息する種数がわかる、新しい技術です(図5)。分類学的な基盤なくしては成らない技術でもあるため、私の専門が活かせる分野だと期待しています。「クモヒトデの分類から、その環境指標生物としての有用性を評価し、地球環境問題解決の一助へ」そんな成果を見据えつつ、日々広島修道大学で研究に励んでいます。

図5:メタバーコーディング解析用の海水を汲む様子。

※掲載内容は全て取材当時(2024年2月)の情報です。