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健康科学部 石田万里先生

動脈硬化を防ぐ鍵は?老化・炎症・栄養との関連を探る

健康科学部 教授 石田 万里(イシダ マリ)先生

広島大学大学院 医学系研究科 内科系専攻 博士課程修了 博士(医学)
専門分野:循環器内科学
主要研究テーマ:加齢関連疾患及び循環器疾患におけるDNA損傷の役割の解明とその応用

“ DNA損傷と老化と血管の深い関係から考える 血管の健康を守るために私たちができること “

「動脈硬化」をご存じですか?

動脈硬化は、高血圧、喫煙、糖尿病、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪の高い状態)などが原因で、血管が硬くなったり、血管壁の内腔側に脂肪などが溜まってプラークができたりすることで、血管が狭くなる状態です。この動脈硬化が進行すると、脳梗塞や心筋梗塞などの重大な病気を引き起こすことがあります。
私の研究は、「なぜ年を取ると動脈硬化が起こるのか?」という疑問から始まりました。一見すると当たり前のように思えるこの現象ですが、当時はその明確なメカニズムは解明されていませんでした。そこでヒントとなったのが、DNA損傷を修復する機能が低下した遺伝性疾患の患者さんが、若いうちから動脈硬化を発症するという事実でした。私たちの体を構成する細胞のDNAは、放射線や紫外線、タバコの煙、さらには細胞の通常の代謝によって生じる活性酸素などによっても、日々膨大な量の損傷を受けています。しかし、健康な細胞にはこれらの損傷を修復し、正常な状態を維持する機能が備わっています。もしこの修復機能が低下したり、DNA損傷の原因が増えると、DNA損傷が蓄積し、その影響で細胞死やがん化だけでなく細胞老化が引き起こされることが、近年の研究で明らかになってきました。

老化と病気の発症をつなぐハブ「DNAの損傷」

 私の研究では、こうしたDNA損傷の蓄積が単に細胞の老化を引き起こすだけでなく、その結果として動脈硬化の発症につながることを証明してきました。つまり、老化と動脈硬化は単なる時間経過による現象ではなく、細胞レベルでのDNA損傷の蓄積という共通のメカニズムによって引き起こされることを明らかにしたのです。この発見により、動脈硬化の予防や治療において、DNA損傷の修復機能を維持・促進する、あるいはそもそもDNA損傷を起こさないことをターゲットとした新たなアプローチの可能性が示されました。
これまでの研究で、動脈硬化の危険因子である喫煙や脂質異常症がDNA損傷を引き起こす要因であること、そしてDNA損傷が修復されずに蓄積することで直接的に、あるいは細胞老化を介して、慢性的な炎症が誘発され、動脈硬化の進行を加速させることを明らかにしました。重要な点は、動脈硬化の危険因子が取り除かれると、DNA損傷の蓄積が軽減されるということです。例えば、喫煙は胸部レントゲン写真を撮る程度の放射線よりも強いDNA損傷を引き起こしますが、禁煙することでその損傷の蓄積は解消されます。また、動脈硬化の予防効果のある魚油由来のオメガ3多価不飽和脂肪酸は、細胞内の酸化ストレスを減少させることによりDNA損傷を軽減し、血管内皮細胞を保護することも示しました。これらの研究結果から、危険因子の回避や食事・栄養が血管の健康維持において重要な役割を果たすことが示唆されました。

DNA損傷は核DNAだけではなくミトコンドリアDNAにも生じる

動脈硬化とがんの危険因子は似ています。その”かなめ”のひとつにDNA損傷があると考えています。

 最近の研究では、喫煙は核のDNAだけでなくミトコンドリアDNAにも損傷を惹起し、特にこのミトコンドリアDNA損傷とそれに引き続くミトコンドリアDNA断片の細胞質や細胞外への放出が炎症を誘発する重要なトリガーになることを示しました。細胞外に放出された遊離ミトコンドリアDNAは血流にのって体内を循環し、さらに炎症を惹起しますが、動脈硬化の患者さんの血液中遊離ミトコンドリアDNA濃度は、正常の方に比べて高いことを明らかにし、血液中遊離ミトコンドリアDNA濃度が動脈硬化の診断に応用できる可能性を示しました。この血液中遊離ミトコンドリアDNA量に関する測定方法と動脈硬化との関連性については、現在特許出願中です。
私たちの細胞のDNA損傷修復能力は加齢とともに低下し、損傷が蓄積していきます。DNA損傷を誘発する要因が存在すると、さらにDNA損傷は蓄積し、細胞の機能低下や細胞老化がより早期に進み、様々な組織や臓器の病気につながると考えられています。したがって、現在では動脈硬化だけでなく、がんや糖尿病、慢性腎臓病、神経変性、変形性関節症・骨粗鬆症も同様な機序を介した加齢関連疾患として注目されています。最近は様々な疾患の原因となる老化細胞を除去しようとする“老化細胞除去ワクチン”の開発も試みられていますが、個人的には、老化細胞が増えてから除去するより、老化細胞を増やさない生活習慣が最も重要だと考えています。

栄養学の視点からのアプローチ

 2024年10月から縁あって広島修道大学健康科学部 健康栄養学科に所属しておりますので、栄養学を基盤としたDNA損傷抑制または修復促進に関連した研究を推進し、特定の栄養・食品が血管健康維持に果たす役割を解明する研究にも携わっていきたいと考えています。動脈硬化の主要な原因が生活習慣病であることを考えると、バランスの取れた健康的な食事や特定の栄養素の摂取は、細胞のDNA修復機能をサポートし、DNA損傷を減少させる効果がある可能性があります。栄養学と動脈硬化研究を組み合わせることで、より効果的な予防法や治療法を見つけ、社会全体の健康維持に貢献したいと考えています。また、栄養を通じて健康な血管を守る方法を広め、予防的なアプローチを多くの人々に提供することが、今後の大きな課題であり、目標でもあります。