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健康科学部 西野泰代先生

いじめ抑止のメカニズム

健康科学部教授 西野 泰代(にしの やすよ)先生

名古屋大学大学院 教育発達科学研究科 心理行動科学専攻博士後期課程修了
博士(心理学)
専門分野:教育心理学、発達心理学、学校心理学
主要研究テーマ:児童・生徒の問題行動、いじめ、非行などの逸脱行為、モラルエージェンシー、学校ストレス

研究の一環で作成したリーフレット

 いじめを集団内で生じる構造的な事象と捉え、いじめ場面にいる者たちが担う「役割」、中でも、いじめが起きた場面で最も多くの子どもたちが担う「傍観者」の役割に注目して「いじめ抑止のメカニズム」について検討を行っています。
子どもが『いじめはよくない』と知りながらも傍観するのはなぜでしょうか。この問いについて実証的に検討するため、小学4年生から中学3年生3000名ほどを対象として、2種類(身体的攻撃・関係性攻撃)のいじめが起きている場面をイラストとともに提示した「場面想定法」を用いた質問紙調査を実施しました。分析の結果、いじめを目撃した際に子どもたちが「どう行動するか」を決める上で最優先されるのは「自分に被害が及ぶのは嫌」「かかわりたくない」といった自己防衛的理由であり、人として正しいかどうかという道徳的理由よりも自己防衛的理由の方が行動決定により関与している可能性が示唆されました。『社会的学習理論』で有名な心理学者バンデューラ(Bandura)は、「道徳的判断が求められる場での行動選択には、個人の道徳基準だけでなく、周囲がその状況をどう捉え、どう反応するかが関与する」ことを指摘しましたが、いじめ場面において、子どもたちは自分の考えや想いよりも「周囲がどう考えるか」「仲間がどう行動するか」ということを見定めて自らの行動を決定するようだと推察されます。

国内学会でのポスター発表

また、上記の調査とは別の調査結果から、「いじめはあってもしかたない」「いじめに気づかなかった」という子どもたちは、「被害者を助けよう」と仲裁する子どもたちと比べて、共感的関心(悲しんでいる人を見ると慰めてあげたくなる、というような特性)が低く、「モラルディスエンゲージメント(moral disengagement;自分に都合よく自己正当化するような考え方)」が高い、という特徴が見られました。一方、「何もせず見ているだけ」という子どもたちは、仲裁する子どもたちと比べて、共感的関心が低く、周囲に同調しやすい、という特徴がみられました。特に、「見ているだけしかできない」一部の子どもたちには、学級への満足感が低く、学級で自分らしく居られず、自己評価が低い、などネガティブな心理状態が見られました。
これら複数の調査結果から、いじめ抑止のアプローチとして「傍観者から仲裁者への変容」を促すには、共感的関心の低さや周囲への同調傾向といった子どもたちの個人特性から傍観行動へと至る心理的プロセスを調整する変数に着目する必要があると考えられます。そのため、子どもたちを取り巻く環境、特に、仲間との関係性や所属する集団の特徴などを考慮したマルチレベルモデルを構築したうえで、レベル間の相互作用に注目し、いじめ場面における傍観行動の生起が、子どもの心理面や友人との関係性によるものなのか、あるいは学級集団の特性が影響するのか、を明らかにすべく検討を続けています。
傍観行動の生起を抑制、あるいは仲裁行動を促進するような調整変数の特定は、傍観者を減らす取り組みに資するエビデンスという観点において重要だと考えています。
※掲載内容は全て取材当時(2023年3月)の情報です。