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人文学部 石田崇先生

「無意識」や「直感」の背後にある驚くほど精緻な言語の規則体系に惹かれて

人文学部准教授 石田 崇(イシダ タカシ)先生

筑波大学 大学院人文社会科学研究科 博士課程修了
博士 (言語学)
専門分野:英語学、日英語対照研究
主要研究テーマ:理論言語学を用いた言語間比較、名詞修飾および形容詞派生

言語を比較すると何が見えてくる?

言語を比較すると、どのようなことが浮かび上がるのでしょうか。ここでは、日本語と英語を比較しながら考えてみます。早速ですが、「今日が水曜日であることを伝える場面」を想定して、(1) で指定された対人関係を意識しながら実際の発話を考えてみてください。

おそらく多くの方は、(1) のそれぞれの場合に対して (2) のような発話を思い浮かべるでしょう。

 (1) a. 仲の良い友達に対して
   b. お世話になった先生や恩師に対して
   c. (受付係として)お客様に対して

 (2) a. 今日は水曜日だ
   b. 今日は水曜日です
   c. 今日は水曜日でございます

 このような観察から、日本語は対人関係によって文末の表現((2) の下線部)を調整する必要がある言語であることがわかります。では、英語の場合はどうでしょうか。英語は日本語とは異なり、(3)のような表現で異なる対人関係に関わらず伝達することができます。つまり英語は、対人関係に応じて文法形式を変える必要のない言語であるということがわかります。

(3)Today is Wednesday.
言語を比較すると、言語差が生じる理由やその背後にある規則体系が浮かび上がり、研究を進めることで各言語の特徴や性質が明らかになってきます。言語のことはその言語のことばかり見ていてもわかりません。私は、言語研究の中でも特に英語と日本語を比較して人の言語の真相に迫る分野(「日英語対照研究」と呼ばれる)の研究をしています。

「言語を研究する」とは?

「言語を研究する」と聞くと仰々しく感じられるかもしれませんが、まず大切なことは、(1)~(3) で見たような具体的な言語現象や言語データについて、その言語の母語話者による言語直感に基づく判断(「内省」と言います)を手掛かりにしながら、詳細な観察と正確な記述を繰り返していくことです。例えば、(2) は日本語話者、(3) は英語話者による内省と一致するはずです。一方で、言語研究の最大の関心は、それぞれの言語が見せる個別性や特殊性よりも、すべての言語に通底する共通性や普遍性とは一体何かということを明らかにすることです。

言語学という分野は、私たちが日々使っていることばの背後に潜む、驚くほど精緻で精密な規則の体系を明らかにすることを目的とします。我々人間は、なぜそのような規則体系を無意識のうちに、しかも誰にも明示的に教わらずに苦もなく使いこなせている、あるいはもっと単純に言えば、「知っている」のでしょう。「英語学」は、このような問題意識に立つ言語学の一分野であり、とりわけ英語という個別言語の観察と分析を通して見えてくる、人間言語に潜む普遍的原理・原則を探求する学問です。


言語間の差ってどのように考えるべき?

では、(1)~(3) で観察した言語間の差は一体何に由来するのでしょうか。言語間の差は、まずは、言語そのものの特徴の違いに由来すると考えなければなりません。Roman Jacobsonという偉大な言語学者は、言語間の差について、“Languages differ essentially in what they must convey and not in what they may convey.”(言語というのは、「何が言えるか」ではなく、「何を言わなければならないか」という点でのみ異なる)と述べています。言い換えれば、言語の違いは、言語的に表現することが義務的な要素のみに見られるのであって、決していかなる言語も言語としての本質に差があってはならないということです。

たしかに、(1)~(3) の比較から、日本語では対人関係に応じて表現形式を変化させますが、英語では対人関係に関わらず同一表現で事足りる、という差がわかります。しかしそれと同時に、伝達する内容そのもの(同じ状況をその言語において過不足なく言語化できるかどうか)については、日本語だろうが英語だろうが変わらないことにも気づきます。ちなみに、英語でもToday is Wednesday, {mate / professor / Madam}.の下線部のような「呼びかけ語」をつけ足したり、抑揚(イントネーション)を変化させたりすることで対人関係を調節することができます。ただし、これらの要素は、(2) の日本語の例で見た義務的な要素に比べると、あくまで随意的な要素でしかありません。Jacobsonの説明を踏まえれば、異なっているのは、「対人関係」という側面をたまたま言語表現として義務的に反映させなければならない言語(日本語)なのか、そうする必要がない言語(英語)なのか、という点だけということになります。

「文化」や「社会」というものから少し距離を置いて…

言語上の問題が、その国の文化や社会、さらには民族や個性に関わる問題と一緒くたに扱われることがあります。もちろん、両者は全く関係ないとは言い切れませんし、まさに両者の関係を考えるような分野もありますが、私が取り組んでいる言語研究は少なくとも前者(言語体系内の問題)を主要なテーマとして扱う研究領域です。よく「英語圏の人はYes / No表現を多用するから物事をはっきり述べる性格をしているが、日本人は回りくどい言語表現ばかりだから優柔不断な性格をしている」ということをまことしやかに述べる人を見かけることがあります。しかしながら、日本人であってもはっきり物事や意見を述べる性格の人だって多くいますし、アメリカ人やイギリス人であっても優柔不断な方は多くいるはずです。「文化」や「社会」という概念を性急かつ安直に言語の問題と結びつけてしまうと、結局どの分野の問題として考えなければならないのかわからなくなってしまうことがあります。少し淡泊に感じられるかもしれませんが、現代における言語学はこのような概念からはあえて少し距離を置いて、言語というものを、人類普遍に備わる固有の能力と見なして研究しています。この点から言えば、言語学はむしろ、物理学や数学と同じ「自然科学の一種」と考えた方が納得できます。

言語学は実学である!

さて、これまでの一般的な言語研究は、「人と人」との間で伝達される言語現象を対象としてきました。一方で、私が行っている研究によって明らかになってきたことは、人と人との間で見られるデフォルト(無標)の表現形態が、対「モノ」との関係においても同じように見られるというものです。例えば、スマートスピーカーなどの音声入力に見られるような「人からモノへ」の情報伝達に限らず、道路標識や看板、その他公共の場における掲示に見られるような「モノから人へ」の情報伝達も含めて、好まれる表現が日英語で異なる点を指摘し、それはなぜか、言語学の観点から原理的に説明できることを示しています。例えば、街中の地図や建物内のフロアガイドを見ていると、地図やガイド自体とそれを見る人がどこに位置しているのかを示すために、日本語では「現在地」、英語では “You are here.” と表記されていることに気づきます。この比較から、英語では地図を見ている人をyouとして捉え、地図がyouに対して「語りかける」ような言語形式を用いる一方、日本語では自己を地図中に位置づけて自分が今いるところを「認識する」ような言語形式を用いることがわかります。英語をそのまま直訳した「あなたはここにいます」という表現は、地図上の日本語表記としては不自然です。

上記のような英語の特徴は、英語圏のごみ箱に書かれた “Feed me” という表現(ごみ箱が自身をmeと指示しながら、ごみ(= エサ)を入れるように依頼している)や、猫の写真が貼ってある掲示物に “Have you seen me?” という表現(猫が自身をmeと指示しながら、迷子になってしまった自分の情報を提供してくれるように依頼している)にも見られます。これらも「私にエサをください」や「私を見かけましたか?」のように直訳した表現は日本語表記としては不自然に感じられます。なぜこのような違いが生じるのでしょうか。その理由と説明は、廣瀬幸生・他 (2022)『比較・対照言語研究の新たな展開—三層モデルによる広がりと深まり』(開拓社)の第9章「言語使用の三層モデルから考える虚構的インタラクション」(納谷亮平・石田崇)で詳細に説明していますので是非ご覧ください。

「現在地」、"You are here."

"Feed me"と書かれたごみ箱のイメージ図

 こうした研究の意義は、言語学だけでなく、心理学や情報科学、人工知能とのインターフェイスを含む工学などの分野を含む幅広い学際的研究への発展が期待される点にあります。人文学という学問は、「我々(人間)は何者であるのか」という問いに多角的な視点から取り組む分野であり、言語学はまさに「言語」という側面からこの問いに向き合う学問です。私が尊敬する先生が指摘する通り、「言語学は(あるいは人文学はすべて)実学である」と言えますし、私もこの意識で日々の研究に取り組んでいます。

最新の研究ではどのような説明がなされているのか、興味を抱いた方は、池上嘉彦 (2006) 『英語の感覚・日本語の感覚—〈ことばの意味〉のしくみ』(NHK出版)、廣瀬幸生・他 (2017)『三層モデルでみえてくる言語の機能としくみ』(開拓社)や下の画像の本を是非手に取ってみてください。

比較・対照言語研究の新たな展開—三層モデルによる広がりと深まり

廣瀬幸生・他 (2022) 開拓社

※掲載内容は全て取材当時(2023年10月)の情報です。