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健康科学部 森平准次先生

心理療法におけるイメージのはたらきを捉える

健康科学部 教授 森平 准次(モリダイラ ジュンジ)先生

放送大学大学院 文化科学研究科 文化科学専攻博士後期課程修了 博士(学術)
専門分野:臨床心理学
主要研究テーマ:心理療法における変容の機序、精神病理や心理学的課題の臨床心理学的理解、イメージとリアリティ

心理療法という心の営み

心理療法という言葉から、どのようなことを想像されるでしょうか。
私の研究は、心理療法の中でイメージがどのようにはたらくのか、そしてそれがクライエント(心理療法に来談された方)をどのように変容させるのか、ということをテーマにしています。
心理療法は、何かしらの心のテーマを抱えたクライエントさんがセラピスト(心理療法家)の元を訪ね、関わっていく中で変容を求めていくプロセスです。(心理)カウンセリングという言葉も、厳密には意味が異なるのですが、心理療法と同じような心の作業をしていきます。一口に心理療法といっても、さまざまな理論や技法がこれまでに考えられてきています。私が主に依拠しているのは、ユング(Jung、 C. G.)の実践や思索から発展してきている学問の流れです。分析心理学やユング心理学と呼ばれます。
心理療法では、クライエントさんの日々の生活の苦悩や症状、問題行動などがテーマになります。しかし、心理療法の中で語られたり、取り上げられたりする素材はクライエントさんの日常生活や心の問題に限りません。私はイメージを扱うことを好んでいます。心理療法で取り扱うイメージにはさまざまなものがあります。夢分析や箱庭療法は比較的知られているかもしれません。夢も箱庭作品も、イメージの現れであると考えます。ほかにも、絵を描いてもらったり、粘土で何かを作ってもらったりすることもあります。子どもさんのクライエントは遊ぶことが心理療法で行われますが、その遊びにもイメージが現れます。

イメージを媒介にする

夢分析という言葉をあげましたが、これも心理療法で用いられる技法のひとつです。クライエントさんに、睡眠時にみた夢を報告してもらって、それについて検討していくものです。夢占いと混同されることがあるのですが、心理療法の作業は占いとは異なっています。夢について語り、検討し、時にはその夢を再体験していく中で、クライエントさんが自らの心のテーマに触れ、理解し、また夢を通して変容されていくプロセスです。
よくみられる夢には、落ちる夢、追われる夢、海の夢、等が挙げられるでしょうか。例えば、暗い建物の中の階段を下りていく夢が報告されたとき、心理療法の中でその夢について話し合います。もしかしたらそれは、クライエントさんが普段気づいていない心の領域に踏み入っていこうとしているのかもしれません。そこに何があるのか、それをどうしようとしていくのか、一緒に考えていきます。このときセラピストはクライエントさんの夢の意味を理解しようとしていきます。クライエントさんが向き合っている心理学的テーマは何なのか、それは何をもたらそうとしているのか。夢は本当に興味深く、様々なテーマを描いています。例えば、それまでと違う生き方を求められていることについて表現されることがあります。あるいは、その人の気づいていない葛藤や不安、その人が直面している心のテーマ、超越性や日常性、といったテーマをみることができます。それについて、クライエントさんと語り合うことや、夢をさらにイメージしていくことを行います。
クライエントさんに立ち現れるイメージは、クライエントさんだけのものでしょうか。それについてユング心理学では、クライエントさんの夢などに立ち現れるイメージのモチーフは夢を見た人の心に限定されないと考えます。人間が生きていくうえで向き合うことになる心理学的テーマは、個人を超えて多くの人に共通していたり、共有されたりするようなモチーフを含んでいます。それらは、神話やおとぎ話、昔話などに現れます。例えば水のモチーフは、神話などにもよく現れますね。それらのお話は、個人を超えた人間の心理学なテーマがイメージとして現れたものだと考えます。クライエントさんの語る夢などのイメージへの理解は、神話などを参照することで豊かにできる可能性があります。そしてその作業の中で、クライエントさんに変容が起こってくることがあるのです。

イメージのはたらきを捉える

そのような夢の一つひとつの要素がどのような意味をもつのか、夢の中の物語は何がどう進展しているのか、夢の中でどのような動きがみられるのかを考えていきます。夢に現れる動きは、分裂や結合、上昇や下降、等を含むモチーフがあります。それらを手掛かりに、イメージのはたらきを捉えていきます。人間に共通の心の動きがあることを想定しているとはいえ、クライエントさんは一人ひとりが個性を持っており、その個性を持ったクライエントさんにお会いしています。クライエントさんの心の課題も、心理療法のプロセスも、それぞれに異なっています。ですから、私は事例研究を重視しています。
臨床心理学において事例研究というのは、論文の中でクライエントさんの語りやセラピストの関わり、そして変化について個人情報を保護した上で報告し、それを理論に立ち戻って検討していくものです。クライエントさんの個性的な心理療法の営みを、より普遍性や一般性を持った知見に還元していく作業がそこに含まれます。そのような事例研究の積み重ねが、理論をさらに厚く豊かにしていきます。そしてそれらの理論は、クライエントさんの理解を深め、一つひとつの心理療法を豊かにしていきます。理論と実践は有機的に結びついているのです。
イメージがクライエントさんを捉え、体験させる中でどのような変容が起こってくるのか、それを理解していこうとするのが、私の研究の柱です。そしてそれは、人がその人生を生きていくうえでイメージとどう関わっていくのか、その中でどのような自分になっていくのか、ということと関わっています。ですから心理療法のみならず、多くの人の生き方とも関わるテーマだと考えています。
※掲載内容は全て取材当時(2024年)の情報です。
※写真の書籍
 C・G・ユング『赤の書[図版版]』/ 創元社
 C・G・ユング『分析心理学セミナー1925 ユング心理学のはじまり』
 S・シャムダサーニ、W・マクガイア編, 河合俊雄監訳, 猪股剛、小木
 曽由佳、宮澤淳滋、鹿野友章訳/ 創元社
 『ユングの芸術』C・G・ユング著作財団編, 山中康裕監訳/ 青土社