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経済科学部 永岡成人先生

ゲーム理論と情報の経済学による集団的意思決定の研究

投票と多数決を数理モデルとして定式化して、集団の正解確率を分析する

経済科学部 准教授 永岡 成人(ナガオカ ナルト)先生

神戸大学大学院 経営学研究科 マネジメント・システム専攻博士後期課程修了 博士(経営学) 専門分野:理論経済学 主要研究テーマ:ゲーム理論による集団的意思決定の研究、ミクロ経済学

1人と多数決のどちらがうまく決められるか?

組織や社会における集団的意思決定の問題を研究対象として、ゲーム理論や情報の経済学の分析方法を用いて研究しています。この研究対象と研究方法のうち、まずは前者の研究対象についての話から始めることにします。集団的意思決定問題の例として、3人チームで二択クイズ問題に挑戦中で、2つの選択肢AとBからチームとしての回答を制限時間内に1つ選ぶという状況を考えてみます。選択肢AとBのうちどちらかが正解であり、不正解になるよりは正解する方がチームのメンバーたちには望ましいですが、どちらが正解の選択肢であるかは正解発表までわからないとします。説明の都合のために二択クイズの例を考えていますが、ここで考察しようとしているのは、メンバーたちにとって共通して望ましい選択肢があるが、それがどちらであるかはわからない、という不確実な状況での意思決定問題です。チームの回答を決める方法のひとつとして、各メンバーはそれぞれ自分の知識や情報からAとBのどちらが正解の可能性が高いかを判断して、どちらにするかを他のメンバーに伝えて多数決で最終決定するという方法があります。他の方法として、黙ってメンバーのうちの1人にリーダーとして最終的な決断を委ねるという方法も考えられます。正解の選択肢を選ぶという目的を考えたとき、多数決による決定と1人による決定のどちらの方法がうまく決定することができるでしょうか?

コンドルセの陪審定理

この問いでは、多数決は各メンバーの情報や判断を集計してうまく決定できるかどうかを、正解確率の観点から尋ねています。18世紀に様々な分野で活躍した学者であるコンドルセの古典的な議論のひとつに、ある条件のもとで、集団の多数決は高い正解確率で決定できることを説明する陪審定理と呼ばれる議論があります。そのような数値例として、各メンバーが正解に投票する個人正解確率がそれぞれ等しく0.6である場合を考えてみます。このとき、3人中3人が正解に投票する確率を計算すると0.216で、3人中2人が正解に投票する確率を計算すると0.432なので、3人中2人以上が正解の選択肢に投票して多数決が正解する確率は0.648になり、個人正解確率0.6を上回っています。
今回の例では3人チームを考えていますが、人数がもっと多くなった場合の多数決の正解確率が気になるかもしれませんので、それも計算してみることにします。同数の得票数を避けるために奇数人数を考えることにして、5人の場合を考えてみます。5人中5人が正解に投票する確率を計算すると0.07776で、5人中4人が正解に投票する確率を計算すると0.2592で、5人中3人が正解に投票する確率を計算すると0.3456なので、5人中3人以上が正解の選択肢に投票して多数決が正解する確率は0.68256になり、3人多数決の正解確率0.648を上回っています。

図1:横軸=人数/縦軸=多数決の正解確率

コンドルセの陪審定理によると、個人正解確率が0.5を上回るとき、1人よりも3人、3人よりも5人といった多人数での多数決になるにつれて正解確率が上昇していき、人数が十分に大きくなると正解確率は1に近づいていくことが知られています(図1)。

ゲーム理論と情報の経済学による陪審定理研究

ゲーム理論は、複数の意思決定者がそれぞれ行動するとき、互いの行動が互いの利得に影響を与えるような相互依存関係がある状況に注目して、その状況を数理モデルの形で定式化してどのような意思決定が行われるかを研究します。情報の経済学は、意思決定者が情報を得たときにそれが意思決定にどのような影響を与えるか、意思決定者たちの持つ情報によってどのような現象が発生するのかなどを研究します。

ゲーム理論と情報の経済学を不確実性のもとでの集団的意思決定問題に導入することで、チームのそれぞれのメンバーが持つ情報や知識のあり方を定式化したり、情報によってどちらが正解の可能性が高いかを判断したり、意見交換によってその判断を改めるといった様子を数理モデルで表現することができます。また、多数決の場合には各メンバーがAかBのいずれかに投票するという行動を選びますが、各メンバーがどちらに投票したかによって最終的な決定が決まるので、意思決定者たちのそれぞれの行動が互いの利得に影響を与えるような相互依存関係がある状況になっていることから、投票行動はゲーム理論の分析対象として考えることができます。

コンドルセの古典的な陪審定理の説明では、各メンバーの投票行動は個人正解確率によって単純化されて表されていました。ゲーム理論と情報の経済学では、人々の間で情報や利害が複雑に絡み合っている中で、それらを巡ってどのような駆け引きや決定が行われるかを分析しますので、集団的意思決定の過程におけるメンバーの行動も分析の対象とすることができ、研究を発展させることができます。

このような背景のもとで、これまでに行ってきた研究として、メンバーの情報精度に多様性がある場合にはどのような投票行動が取られるか、そして投票による多数決ではうまく決定できるのかを研究してきました。そのうちの1つでは、各メンバーの情報精度が本人にしかわからない私的情報になっているとしたとき、多数決による決定と1人による決定を比較しました。そして、情報精度が低い場合でもその情報に従って投票したときの正解確率が0.5は下回らないという形で陪審定理の想定が満たされていたとしても、陪審定理とは逆に多数決よりも1人による決定がうまく決められる状況があることを示しました。