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国際コミュニティ学部 宇野伸浩先生

グローバル・ヒストリーとしてのモンゴル帝国史

国際コミュニティ学部教授 宇野 伸浩(うの のぶひろ)先生

早稲田大学大学院 文学研究科 史学(東洋史)専攻博士後期課程単位取得満期退学
博士(文学)
専門分野:モンゴル史
主要研究テーマ:モンゴル帝国の歴史

初期グローバル化としてのモンゴル帝国

首都カラコルム遺跡、石碑の土台の亀趺(モンゴル)

歴史学において、グローバル・ヒストリーという新しいテーマが重要になっています。新大陸の銀がヨーロッパとアジアを結び、黒人奴隷貿易がヨーロッパと新大陸とアフリカを結んだ16世紀が、世界史上グローバル化が始まった時代と言われています。それよりもう一つ前の時代であるモンゴル帝国時代は、地球規模ではないですが、広域の帝国が出現したことにより、東アジア、西アジア、ヨーロッパの文明が緩やかにつながり、やはり一体化が進んだ時代ではないかと言われています。
現在出版に向けて二つの原稿を準備しています。ひとつは集英社が創業95周年記念企画として刊行中のアジア人物史のシリーズのうち第5巻『モンゴル帝国のユーラシア統一』の1章として、チンギス・カンの伝記を書きました。チンギス・カンというと遊牧部族を統一した勇猛果敢な武将というイメージを持つ方が多いかと思いますが、実際のチンギス・カンは、むしろ遊牧民以外の臣下、たとえばイスラーム教徒の臣下や契丹人(きったんじん)(10世紀に遼朝を建国したモンゴル系の民族)の臣下を重視して早くから彼らをとりこみ、また商業を重視してムスリム商人から西アジアの商品を購入することに熱心だったということが分かってきました。チンギス・カンは、モンゴル高原にいながら遠い西アジア世界からもたらされる商品に大いに関心があった、いわばグローバル化しつつある世界を意識していた人物だったようです。

イルハン国のオルジェイトゥ廟(イラン)

もうひとつは、モンゴル帝国の成立と拡大について、岩波書店から刊行中の歴史講座世界歴史の10巻に「初期グローバル化としてのモンゴル帝国の成立・発展」を書きました。これは、少し理論的側面に力を入れて、イスラーム世界の東方への拡大という形ですでに始まっていたグローバル化を、モンゴル帝国の出現が加速させたことについて書いています。これは、グローバル・ヒストリーの中にモンゴル帝国を位置付けるための研究です。

ペルシア語史料『集史』

『集史』細密画、君主と皇后が座るイルハン国の王座
ベルリン州立図書館Diez Albumから(Staatsbibliothek zu Berlin, Orientabteilung, Diez A Fol. 70, S. 22, Nr. 1,Mongolische Thronszene.)(ドイツ)

私が、チンギス・カンやモンゴル帝国の歴史を研究するときに使う主な史料は、実はモンゴル語や漢文の史料ではなくペルシア語の史料です。以前はモンゴル語で書かれた『元朝秘史』という史料が最も優れたチンギス・カンについての史料だと考えられていました。チンギス・カンについての映画や小説はほとんど『元朝秘史』に基づいて作られています。しかし、日本の研究者の努力で、実は『元朝秘史』はフィクションが多く、ペルシア語で書かれた『集史』の方が信憑性の高い史料だということが分かってきました。今回集英社の本に書いたチンギス・カン伝は、ほとんど『集史』に基づいて書いており、新しいチンギス・カン像を提示しています。勇猛果敢なチンギス・カンが好きだった人は少しがっかりするかもしれません。
ペルシア語の『集史』が史料として重要になってきたのですが、実はこの本の良写本は、ヨーロッパやイスラーム圏の様々な図書館に所蔵されています。校訂テキストがイランから出版されていますが、かならずしも十分なテキストではありません。そこで、『集史』を利用する研究者は、ペルシア語写本を集めて分析することが課題の一つになっています。私は、2016年にインドのラーンプルの図書館に行き、2019年にはロシアのサンクトペテルブルグの図書館や研究所に行き、『集史』の写本調査を行いました。10種類を超える写本を比較検討して、それらの関係を明らかにするという地道な作業にこの数年取り組んでいます。この研究は、科学研究費助成事業※を用いた共同研究として進めていて、その成果を英語の論文集として出版する準備を進めています。

※科学研究費助成事業
人文学、社会科学から自然科学まで全ての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる「学術研究」を格段に発展させることを目的とする「競争的研究費」であり、独創的・先駆的な研究に対する助成を国が行うもの。

モンゴル帝国と気候変動

気候変動グラフ(横軸は西暦、縦軸左は夏季降水量偏差、縦軸右は夏季気温偏差)

モンゴル帝国時代の東西の文明がつながって繁栄したユーラシア大陸は、14世紀半ばに衰退していきます。その要因の一つとして気候変動があったと言われており、その解明のために歴史学と古気候学の学際研究が行われています。現在、科学研究費助成事業※の共同研究として、名古屋大学の古気候学の研究者と協力して、樹木年輪データの分析から明らかになった13-14世紀の夏季の気温と降水量に関するデータを、歴史研究に応用することに取り組んでいます。私が担当しているのは、元朝時代の中国の自然災害と気候変動の関係を解明することです。中国の中心部は開発が進んで樹齢の長い大木はないため、周辺地域から得た年輪データを分析して算出したデータを使うことになります。モンゴル高原の気温と降水量のデータは、モンゴル高原に生育しているシベリアアカマツの年輪から採取されます。理系と文系の学際研究であるため、乗り越えなければならない壁は高いですが、成果が出たときの意義は大きいと思います。

銀の流通と通貨研究

ウイグル文字モンゴル語が刻印されたイルハン国の金貨と銀貨

最近、モンゴル帝国の時代も経済史としてある仮説が注目されています。南中国の南宋が元朝に征服されてその支配下に入った後、中国から西アジアやヨーロッパに中国銀が流出し、西アジアとヨーロッパで急に銀が潤沢になったという説です。この説の検証するために、現在試みているのは、13-14世紀のイスラーム・コインの銀の含有量の分析です。幸い、近年非破壊分析により貨幣をつぶさなくても金属含有量を計測する方法が出てきました。
16世紀には、銀が東アジアとヨーロッパと新大陸を結んでグローバル化が進展しましたが、モンゴル帝国時代も銀がユーラシア大陸の東西の文明を結び、経済的な一体化を進めた可能性があります。
歴史研究は、史料を読んで歴史を研究するだけでなく、モノを分析して歴史を研究するためのデータを得ることが、歴史研究の重要な研究方法になってきました。また、歴史研究者は、マクロとミクロの両方の視点が必要で、一字一句をおろそかにしない史料の読みや、コイン1枚の銘文の解読にこだわるなど細かい分析が常に求められますが、頭の中にある研究対象のイメージは、1つの地域であったり、ユーラシア大陸全体であったりします。グローバル・ヒストリーの研究は、このマクロとミクロの視点の両方が求められる研究です。 
※掲載内容は全て取材当時(2023年3月)の情報です。