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人文学部 光本 弥生先生

研究室の扉

「保育・幼児教育の潮流」を語る

人文学部 光本 弥生(こうもと やよい)先生

ようこそ、わたしの研究室へ

2019年度卒業研究発表会後の様子

先日、卒業生からメールが届きました。彼女は、昨春、本学から送り出した保育教諭の一人です。そこには、「学生時代にとても苦労したエピソード記録が、今、子ども達の姿を記録し保育を行う力の土台となっています。そのことを嬉しく思っています。」と綴られていました。

※保育教諭:幼稚園教諭免許状と保育士資格の両方を保有し「幼保連携型認定こども園」に勤務する保育者のこと

Starting strong/人生の始まりこそ力強く!

現在、OECD(経済協力開発機構)が幼児教育の重要性を謳っています。ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンの幼児教育の質と経済効果の研究については、皆さんもどこかで目にされているかもしれません。一連のプロジェクトの調査結果から、同じ投資をするなら子どもが幼いときほどその収益が大きいという提示は、多くのメディアで取り上げられ、アメリカ政府の政策決定にも影響を与えたと言われます。
この研究は、日本においても、平成30(2018)年の幼稚園教育指導要領等の改正時に、大きく取り上げられました。なかでも、①社会情動面などの非認知能力を高める幼児教育が、子どもに長期的な肯定的効果をもたらすこと、②子供の成長にとって適切な状況にない家庭ほど、質の高い幼児教育の恩恵を受け易いこと、などが注目されています。

質の高い幼児教育とは

幼児教育の質についての世界的な視座は、到達的な学習評価から保育実践の「プロセス」そのものへの評価に移行しています。何を学んだか、だけではなくどのように学びが生まれているか、が重視されているのです。
OECDの報告に見る保育の質の評価基準には、「相互作用・プロセス」の項目があります。それは、実際の保育の場での大人と子ども、子どもと子どもの関係性に関わるものです。つまり、子どもが大人に追随する関係ではなく、保育を作り出す主体的な参画者として位置づいているか、どの子の願いも尊重され保育に参加できているか、が問われています。「子どもたちが主体となる」質の高い幼児教育を如何にして実現するか、現在、さまざまな国で検討が進んでいます。私の研究テーマもまさにそこにあります。
先駆的な保育方法の一つとして注目を集めてきたのが、イタリアのレッジョ・エミリア・アプローチです。そして、そのアプローチを支える重要な要素の一つがドキュメンテーションと呼ばれる保育記録です。
2015年の夏、私はレッジョ・エミリア市を訪問しました。そこで「私の街の靴屋さんを復活させる」保育プロジェクトに出会います。子どもの「裏通りにある靴屋さんにお客さんが来ない」といった呟きから、現状リサーチ、問題分析、改善案の検討・実行へと保育が動きます。子どもたちは実に闊達に意見を交換していきます。そして誰の発言が誰のアイデアを生み出したか、驚きや気づきも合わせて記録されます。保育プロセスが丁寧に可視化され、参加者に共有されていくのです。自分の言葉が価値を持って明示されることは、次の発言・発想への大きな原動力となるでしょう。ここでは、保育を記録すること、そのものが、保育の評価であり、保育実践を子どもたちと共につくりだす方法でもあります。

保育記録/自己を俯瞰する目を磨く

エピソード記録の一例

レッジョ・エミリアの保育者たちは、ドキュメンテーションを通して、日々の保育を省察し、子どもの理解を深め、研修を通して専門性を高めていきます。日本の保育者もまた保育記録を取り、実践記録として綴りながら、共同的に専門性を磨いてきた歴史があります。
本学では、実習記録として、子供の言葉や行動といった客観的事実と自らの主観を厳密に分けてエピソードを記録する独自のフォーマットを活用しています。例えば、実習生は自分が「子どもたちは水に興味を持った」と感じた根拠は何か、何をもってその時自分はそのように捉えたのかを、その場面を振り返り詳細に記述します。「ホースから出る水の動きをじっと見つめ、そのウネリに合わせて手足を動かしていた」その姿を思い起こしながら、自らの気づきの根拠を一つずつ明確にしていくのです。その過程では、自らの思い込みにより隠れていた子どもの姿に新たに出会うこともあるでしょう。そこでは、ただ心情を綴る感想とは異なる、自らの子ども観・保育観を俯瞰する行程が必要となります。ましてや実習では、確証が持てないままの実習指導保育者の方に読んで頂き、指導を受けるのです。真摯に取り組むほどに困難さは増すでしょう。先の卒業生が「苦労した」と言うのも無理からぬことです。

教育学演習の様子(Zoomによる非対面型授業)

幼稚園教育指導資料第3集には、エピソードを記録する方法が紹介されています。その中では、保育者の関わりが適切であったか、指導の狙いはよいかなど、幼児の発達する姿と照らし合わせて反省・評価するために、生活の状況とともに保育者の思いや動き、そして考察を具体的に書き込んでいくことが必要とされています。それが質の高い幼児教育を生み出す必須条件だからです。

おわりに/「育ての心」

日本の幼児教育の創始者と言われる倉橋惣三氏は、次のように述べています。「子どもが帰った後で、朝からのいろいろのことが思いかえされる。われながら、はっと顔の赤くなることもある。(中略)一体保育は…。一体私は…。とまで思い込まれることも屢々である。大切なのは此の時である。此の反省を重ねている人だけが、真の保育者になれる。翌日は一歩進んだ保育者として、再び子どもの方へ入り込んでいけるから」(倉橋惣三(1936年)『育ての親』)
本学を巣立つ若い保育者たちが、行きつ戻りつしながら「真の保育者」への歩みを進めていくことを願ってやみません。

プロフィール

人文学部/光本 弥生(こうもと やよい)教授
神戸女子大学大学院文学研究科 修士課程修了 文学修士

▽専門分野
幼児教育学、保育方法学
▽主な研究テーマ
乳幼児期の自立と虚構的活動との関連、乳幼児期の集団づくり

※掲載内容は全て取材当時の情報です。