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法学部 伊藤嘉亮先生

特殊詐欺の受け子は詐欺罪で罰せられるか

法学部准教授 伊藤 嘉亮(いとう よしすけ)先生

早稲田大学 大学院法学研究科 公法専攻 博士課程修了
博士(法学)
専門分野:刑法
主要研究テーマ:共犯論、共謀罪、AI・ロボットと法

オレオレ詐欺をはじめとした「特殊詐欺(不特定多数の被害者から現金などを騙し取る犯罪の総称)」は、2003年頃から耳にするようになりましたが、一向に減ることはなく、大きな注目を集めています。22年は、特殊詐欺の認知件数が17,520件、被害額は約361億円にものぼり、近年の中でも特に被害が多い年になりました。特殊詐欺の手口は巧妙かつ多種多様です(成立する犯罪も詐欺罪に限られず、窃盗罪や強盗罪の場合もあります)が、高度に分業化された組織を背景に、多くの関係者がそれぞれの役割を分担して犯罪を遂行しようとするところは共通しています。

ここで登場するのが、私の研究テーマである「共犯論」です。共犯論は、関係者が複数いる事件を解決するための理論ですが、特殊詐欺を通じて多くの難問に直面することになりました。例えば、フィリピンに潜伏していた指示役らが逮捕された事件について、指示役らには重い刑事責任を認めるべきだと考える人は多いでしょう。しかし、通常は、自らの手で犯罪を実行した者にこそ重い刑事責任は認められるため、指示しただけの彼らに重い刑罰を科せるかどうかは必ずしも自明ではありません。そこで、実行役にも劣らない刑事責任を説明できる「説得力のある根拠」を提供することが、共犯論の課題になるわけです。
また、特殊詐欺の特徴の1つに、末端メンバーが頻繁に入れ替わるというものがあります。例えば、受け子(現金などの受取役)は、いわゆる「闇バイト」としてその都度募集をかけられることもあるようです。

こうした末端メンバーをめぐり、私たちは、悩ましい問題に取り組むことになりました。詐欺罪は、①被害者を騙し、②被害者から現金などを受け取ることで成立する犯罪です。しかし、受け子については、共犯者(被害者に電話をかけて騙す「かけ子」)が騙すことに成功した段階で募集をかけることが多いため、受け子の中には①に関わっていない人もいます。①には関わっておらず、中途半端に詐欺罪に関わっただけでも詐欺罪で処罰できるでしょうか。

日常生活の中でも、自分が関わっていない過去の出来事について責任を問われることはないはずです。刑法の世界でも同じですので、素直に考えると、①に関わっていない被告人(受け子)を詐欺罪で処罰することはできなさそうです。しかし、これは、皆さんには到底受け入れられない結論でしょう。最高裁判所も同じように考え、結論として被告人にも詐欺罪の成立を認めました(最決平成29年12月11日)。もっとも、これで万事解決というわけにはいきません。被告人も納得せざるを得ない「説得力のある根拠」を示さなければならないのですが、残念ながら最高裁判所も学界もまだ十分には示せずにいます。この点は、例えば、騙す行為と受け取る行為は分断することのできない「1つの行為」であって、被告人はその「1つの行為」に関わっているのだから、その全体(つまり、詐欺罪)について責任を問われる、といった説明が試みられていますが、こうした考え方の是非は今まさに検討されているところです。
※掲載内容は全て取材当時(2023年3月)の情報です。