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DNAから海洋生物の種類を判別 日本初 瀬戸内海での「クモヒトデメタバーコーディング」 人間環境学部 岡西政典准教授 研究成果発表

人間環境学部 岡西政典准教授 研究成果発表

広島修道大学の岡西政典准教授、中外テクノス(株)、環境総合リサーチ(株)、広島大学からなる研究グループが、瀬戸内海において、海中の生物が水中に放出したDNA(環境DNA)を分析し、そのDNAの持ち主の種類を判別することに成功しました。
海洋は、地球上の生物の居住可能空間の90%以上を占めていると言われており、その環境保全は地球環境問題の解決に直結する重要な課題です。特に、海洋の各海域にはどのような生物が生息しているのか、その構成生物種の多様性評価が国際的な課題となっています。近年、温暖化や海洋プラスチックゴミ投棄などの環境変動が沿岸海洋生態系に影響を及ぼしていることが実験的に明らかになりつつあるものの、その全容に関する研究は進んでいません。
その要因には、海洋生物を用いた環境調査は時間と労力がかかり、生物多様性の評価に不可欠な生物の観察や標本収集自体が困難であること、ならびに、天候の影響を受けやすく、計画的なモニタリングが難しい、ということが挙げられます。
今回の研究では、ヒトデに近いグループであるクモヒトデをターゲットとして、それらが水中に放出した「環境DNA」を調べる「メタバーコーディング法」を用いて、半閉鎖的な海域である瀬戸内海でのクモヒトデの種の検出を、日本で初めて試みました。
その結果、広島県竹原市と尾道市の四十島において、クモヒトデのDNAが検出され、それらが高い精度で種判別可能であることが示されました。クモヒトデに焦点を絞ったメタバーコーディング法が実施された例は世界でも2例目であり、この技術によって、今後様々な場所で、海底にすむ生物の定期的なモニタリングが行えることが実証されました。
本研究成果は2024年4月25日に国際誌「Regional Studies in Marine Science」で公開されました。

本研究のポイント

  • 海洋生物を用いた環境調査には多大な費用と労力がかかっていた
  • 海水中に漂っているクモヒトデのDNAからその種類を判別するメタバーコーディング法を、半閉鎖的な海域である瀬戸内海で、日本で初めて試み、成功した
  • 広島県竹原市と尾道市の海域において、目視で採集調査をするよりも多くの種のDNAがメタバーコーディング法によって検出された
  • 環境調査で有用とされるメタバーコーディング法を用いた環境モニタリングの対象生物種を増加させ、その精度を向上させることが可能となる

発表論文タイトル

 An eDNA metabarcoding of brittle stars: Examples from the Seto Inland Sea, a semi-closed marine area

著者

 Masanori Okanishi, Hidenori Yoshigou, Kuni Tagawa, Naoki Shibata

雑誌

 Regional Studies in Marine Science

研究助成

研究課題名 : 「博物館標本DNAに基づく海産無脊椎動物ニシキクモヒトデの保全学的研究」
研究種目  : 科研費基盤C
研究課題番号: 21K05632

研究の背景と経緯

海洋は地球上の生物の可住空間の90%以上を占めると言われており、私達の生活と密接に関わっています。例えば海洋は二酸化炭素や熱の吸収に大きな役割を担っていると考えられており、今後の地球温暖化の傾向を考えるうえでも、その環境の把握は急務といえます。中でも海洋の生物種の多様性評価は、環境評価を行う上でも重要な国際課題ですが、海洋プラスチックごみの投棄などが引き起こす環境変動が海洋生態系に及ぼす影響は研究が進んでいません。
その要因には、多様性評価に不可欠な海洋生物の観察と標本収集が、時間と労力を要する事が挙げられます。さらに、このような従来の海洋調査は天候に大きく左右されるため、計画的なモニタリングが難しくなります。その結果、海洋環境変動が海洋生態系に与える影響に関する研究や、海洋の生物多様性保全戦略の策定が遅れることとなります。
そうした課題に直面しながらも、「環境DNAメタバーコーディング法」がこの問題の解決策となる可能性が示されています。この手法は、水中に残されたDNA(環境DNA)から、迅速かつ簡便に生物種数を把握する技術です。国内では既にいくつかの海洋生物で成果が上げられ、バケツ一杯の水から生息する生物種数を検出することが成功しています。
これまで、海底で暮らす「底生生物」の日本近海における環境DNAメタバーコーディング法の適用例は、魚類や甲殻類、サンゴにみられています。加えて近年、ウニ・ヒトデ・ナマコの仲間であり、様々な海底環境に群生する「クモヒトデ類」のメタバーコーディング解析が行われつつあります。本研究では、このクモヒトデ類をターゲットとし、半閉鎖的な「内海」という環境である瀬戸内海において、メタバーコーディグを実施し、その性能を検証することを目的としました。

研究の成果

本研究では、瀬戸内海の中でも生物の調査がよく行われており、かつ環境が異なる竹原市の堤防(砂泥底)と、尾道市因島北側に浮かぶ四十島(岩礁海岸)において調査を行いました。従来の先行研究に倣い、これらの地域で、目視でのクモヒトデの採集調査と、現地で汲んだバケツ一杯分の水を用いたメタバーコーディング解析を行いました(図)。
目視による採集調査の結果、竹原市から8種、尾道市の四十島から3種のクモヒトデ類が検出されました。一方で、先行研究によって開発された2つのDNAプライマー(注)を用いて環境水の解析を行ったところ、竹原市からは合計11種、尾道市の四十島からは合計13種のクモヒトデ類が検出されました。いずれの地域でもメタバーコーディングの種数が目視の種数を上回っており、特に尾道市の四十島では、目視で観察された種の4倍以上の種が確認されました。このことは、クモヒトデの環境DNAメタバーコーディングが、簡便かつ高性能なモニタリング方法であることを示しています。

図 広島県竹原市の堤防(写真左)と尾道市の四十島海岸(写真右)

今後の展開

外洋に面した相模湾での研究は知られていたものの、クモヒトデに着目したDNAメタバーコーディングを内海で行った例は、世界でも類を見ません。またその結果は、クモヒトデのメタバーコーディングが環境調査に有用であることを示すものでした。
したがって今後、世界の他の海域でもクモヒトデのメタバーコーディング解析が進み、他の海洋生物のメタバーコーディング解析の結果と比較されれば、海水を汲むだけという非常に簡単な方法で、これまでに考えられなかった精度での海洋環境モニタリングが可能になると考えられます。今後、精度の向上を測るべく、さらなるDNAのデータベースの拡充を図りたいと考えています。
一方で、海の多くの生物は、生殖時期に海中に配偶子(精子や卵など)を放出します。もし採水のタイミングがこの時期に重なってしまった場合、実際の存在量よりも多くの量のDNAや、別の場所に住んでいる種のDNAが検出される「偽陽性」が生じる可能性があります。今後は、このような要因に左右されないように、各種の生殖時期や潮の流れを考慮した解析を行い、クモヒトデのメタバーコーディング法を更に改善していきたいと考えています。

用語解説

注1)DNAプライマー
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で用いられる一本鎖DNAのこと。PCRで増幅したいDNA(テンプレート)の両脇に設計され、それらがテンプレートと結合することにより、そこを起点とした合成反応が始まる。