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生命の熱水起源説と2遺伝子仮説からみるリアルな生命起源シナリオをWiley-ISTEの書籍に発表 人間環境学部・川村邦男教授

本研究のポイント

  • 様々な熱水フローリアクター技術を世界に先駆けて開発
  • この新技術を用いてリボ核酸(RNA)の化学進化を解析し、原始地球上でのRNAワールドの可能性を検証
  • 化学進化実験データと生命起源の2遺伝子仮説に基づいて、原始地球環境と矛盾しない生命起源のシナリオを描く

概要

宇宙に太陽系ができたのは今から46億年前、その地球に生命が出現したのは38億年以上前であると考えられています。単純な化学物質の集団が、生きているとよべる生命体へとどのように発展したのかという問題=生命起源の問題は、サイエンスの最も重要な課題の一つです。川村教授らは原始地球環境下でどのように生命が出現したかを調べるために、原始地球の熱水環境(〜400℃、300気圧)を研究するための実験装置を世界に先駆けて開発してきました。熱水反応をミリ秒レベルで追跡する手法、熱水中での吸収スペクトル※1をin situ観測※2する手法、熱水中での鉱物の効果を調べる手法、超高圧下での化学反応を調べる手法などを確立し、原始地球環境を実験室で再現し、RNAやペプチドの化学進化を研究しました。2022年には、Sorbonne大学のM.-C. Maurel教授およびJ.-F. Lambert教授らのグループと超高圧下でのウイロイド※3の化学反応特性の解析に成功しました。また2016年に、生命は2つの遺伝が成り立つことをきっかけとして出現したという、生命起源の2遺伝子仮説※4を発表しました。今回はこれまでの研究を土台として、地球環境変化(主に温度低下)によってRNA分子集団が蓄積すると同時に、RNAの分子間相互作用が働く条件が整うという生命出現のリアルな過程が描かれました。また、細胞型生物以前の初期生命の形態として、RNA分子の集団が鉱物表面上で生命体を構成した可能性を述べました。この内容は、『The First Steps of Life』(Ernesto Di Mauro編集), Wiley-ISTEのChapter 8に掲載されました。

書誌情報

 『The First Steps of Life』Ed. By Ernesto Di Mauro, ISBN: 978-1-394-26414-8, Wiley-ISTE, 272 Pages.(英語)

書籍全体の概要

 生命起源の問題に対して科学者は古くから関心をもっていましたが、オパーリンのコアセルベート説(1924年)やミラーの実験(1953年)などを出発点として実験研究が始まりました。また、20世紀終盤からは分子生物学と宇宙探査の発展によって、生命起源の研究は大いに進展しました。しかし、生命起源の核心部分は今も未解決であり、自然科学のフロンティアとして科学者の関心を集めています。この書籍では、生命起源とアストロバイロジーの分野の、ヨーロッパ、アメリカ、メキシコなどの第一線研究者によって、宇宙において生命が出現し得る条件、原始地球大気から複雑な有機物が生成した化学進化、キラリティの起源の問題※5、生命起源における熱水環境や鉱物の役割、代謝の起源、細胞の起源、遺伝情報の起源、RNAワールド仮説※6、ウイロイドなどについて、最先端の研究成果と総合的な見解がまとめられています。
本書籍のE-bookは2023年12月から、印刷版は2024年2月から販売されています。詳細は、下記リンク先をご確認ください。

川村教授担当部分

 Chapter 8 Hydrothermalism for the Chemical Evolution Toward the Simplest Life-Like System on the Hadean Earth, Kunio Kawamura

用語解説

 ※1 吸収スペクトル:化学物質はさまざまな波長の電磁波を吸収する。電磁波の吸収の程度をその光の波長に対して連続的にプロットすると吸収スペクトルが得られる。化学物質の種類、量、状態によって吸収スペクトルは変化するので、スペクトルをみると何がどのぐらいどのような状態で存在するのかなどの情報を得ることができる。
※2 in situ観測:in situはラテン語由来で、その場を意味でする。例えば、化学反応で生成する物質は反応条件によってはすぐに消えてなくなる。このようなものを知るためには、非常に短時間でその物質の吸収スペクトルなどの特性を観測しなければならない。また、例えば工業プラントで容易にサンプルを取り出せないような場面では、in situ観測が必要である。
※3 ウイロイド:ウイロイドはウイルスよりも小さく、作物の病原体として発見された。ウイルスが遺伝子(DNAまたはRNA)とタンパク質から構成されるのに対して、ウイロイドは環状のRNAであり、ゲノムサイズは200〜400程度である。ウイロイドの起源は不明であるが、RNAワールドの痕跡かも知れないとする考えもある。
※4 生命起源の2遺伝子仮説:RNA分子集団による生命体の形成にはRNAを複製するリボザイムが必要であると考えられている。しかし、それだけではRNAの分子集団の発展は止まる。一方、この複製系がRNAを生成する原始代謝系とリンクすると、持続的な分子集団の発展がおこる。2遺伝子仮説は、このリンクを起こすきっかけが代謝系に関わる遺伝子の出現であり、その先にRNAシステムが発展する機構を示した。
※5 キラリティの起源:ある物質を鏡に写してその鏡像と重なり合わないとき、このような性質をキラリティとよび、その物質および鏡像の関係にある物質を鏡像異性体とよぶ。生物を構成する主な物質であるアミノ酸や糖はキラリティをもつ。しかし生物はアミノ酸や糖の鏡像異性体の片方だけを用いており、どのようにして片方が選択されたのか、機構は分かっていない。
※6 RNAワールド仮説:生物の形、振る舞いは生物の遺伝情報によって制御される。遺伝情報はDNAの塩基配列にあり、これを読み取り翻訳することでタンパク質が合成される。その仕組みは極めて複雑であり、また全ての生物に共通である。この仕組みがどのようにできたのかは生命起源の核心の一つであるが、RNAワールド仮説では、DNAとタンパク質の役割をRNA分子が担った生命体があったとする。

熱水フローリアクター装置の例

研究助成

  日本学術振興会科学研究費 基盤研究(B)
課題番号19H02017
冥王代のプラズマ過程と鉱物熱水環境を多段シミュレーションする化学進化研究