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脊椎動物の2つのシトクロムcは約5億年前のゲノム重複から誕生

—カエルを用いて、エネルギー代謝タンパク質の機能分化の仕組みを解明—

本研究成果のポイント

  •  細胞内でエネルギーをつくる働きを支えるタンパク質「シトクロムc」には、脊椎動物で2つのタイプが存在します。本研究では、この2つが約5億年前に起きたゲノム全体の重複(遺伝情報全体の重複)によって生まれたことを明らかにしました。
  • カジカガエルを調べたところ、一方は体のさまざまな組織で働く「体細胞型」、もう一方は主に精巣で働く「精巣型」であることが分かりました。
  • 精巣型シトクロムcは、細胞にダメージを与える活性酸素の一種である過酸化水素に対して強く、タンパク質の46番目のアミノ酸(チロシン)がその性質に関わっていることを発見しました。
  • この結果から、精巣型シトクロムcは、精巣の細胞を酸化ストレスから守るために進化してきた可能性が示されました。また、ミトコンドリア関連タンパク質はすべての細胞に共通すると考えられていますが、少なくともその1つが、組織ごとに異なる役割を持つよう進化していることが分かりました。今後、生殖機能や細胞のエネルギー産生を支える仕組みの解明につながることが期待されます。

概要

広島大学大学院統合生命科学研究科(両生類研究センター所属)の浅枝優花大学院生、同研究科の藤井創太郎助教、両生類研究センターの荻野肇教授および井川武准教授、広島修道大学人間環境学部の三本木至宏教授(広島大学客員教授)らの共同研究グループは、英国Diamond Light SourceのMichael A. Hough博士とともに、ヒトやカエル等の脊椎動物が持つ2種類のシトクロムcをコードする遺伝子の起源が、約5億年前に共通祖先種で起きた全ゲノム重複(遺伝情報全体の重複)にまでさかのぼること、さらにそれらが異なる性質を獲得して進化してきたことを、カジカガエル属2種を研究モデルに用いて明らかにしました。
シトクロムcは、細胞内のミトコンドリアでエネルギーを生み出す際に電子を運ぶ重要なタンパク質です。研究グループは、脊椎動物のゲノム比較によって2種類のシトクロムcの起源を解析するとともに、カエルを用いた遺伝子発現解析、立体構造解析、生化学的解析によって、それぞれの性質の違いを調べました。
その結果、2種類のシトクロムcは、働く組織や過酸化水素に対する耐性が異なることが分かりました。また、精巣型シトクロムcが高い耐性を示す要因の一つとして、ヘムの近くにある46番目のアミノ酸「チロシン(Tyr-46)」が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
本研究は、細胞のエネルギー代謝を支える基本的なタンパク質が、約5億年前のゲノム重複を出発点として組織ごとに異なる役割を獲得してきたことを示す成果です。今後、生殖機能やミトコンドリアの働きの理解を深めるとともに、エネルギー代謝に関わる生物学的仕組みの解明につながることが期待されます。
本研究は、10月12日に科学雑誌『Molecular Biology and Evolution』に掲載されました。

背景

生物の進化では、遺伝子の重複が新しい機能の獲得や役割の分化を可能にしてきました。脊椎動物の進化の初期には、核のゲノム全体が重複する出来事が起こっています。こうした全ゲノム重複の意義は、体の形づくりに関わる遺伝子などで詳しく研究されてきましたが、生命活動の基盤であるエネルギー代謝を担う遺伝子の機能分化については、十分に分かっていませんでした。
細胞のエネルギー産生を担うミトコンドリアは、かつて細胞内に共生した細菌に由来し、独自のゲノムを持っていましたが、進化の過程で多くの遺伝子が細胞核のゲノムへ移りました。シトクロムc遺伝子(cyc)も核ゲノムにコードされており、ミトコンドリア内で電子を運ぶタンパク質です。脊椎動物には、さまざまな組織で発現する体細胞型と、主に精巣で発現する精巣型が知られていましたが、その起源や性質の違いは十分に解明されていませんでした。
研究グループは、染色体上の遺伝子の並びからcyc遺伝子の進化を調べるとともに、渓流に生息するカジカガエル(Buergeria buergeri)と、温泉にも生息するリュウキュウカジカガエル(Buergeria japonica)を比較しました。

研究成果の内容

(1)2つの遺伝子の起源は約5億年前の全ゲノム重複
脊椎動物などのゲノムを比較すると、体細胞型の遺伝子(cycs)はhoxa遺伝子群の近くに、精巣型の遺伝子(cyct)はhoxd遺伝子群の近くに位置し、周辺の遺伝子の並びも広く保存されていました(図1A)。これらのhox遺伝子群は、古い全ゲノム重複に由来する代表例です。周辺の遺伝子の並びとcyc遺伝子の系統関係(図1B)を合わせることで、2つのcyc遺伝子も、約5億4,000万~4億5,000万年前の全ゲノム重複に由来することが支持されました。
この結果は、体細胞型と精巣型の分岐がカエル類の誕生よりもはるかに古いことを示しています。重複した遺伝子の一部が失われた系統もありますが、多くの脊椎動物の系統で長く受け継がれてきたことは、両者の機能的な意義を考える手掛かりになります。

図1 2つのcyc遺伝子の起源を示す遺伝子の並びと系統関係

A:染色体上の遺伝子の並び(シンテニー)の比較。色付きの記号は遺伝子を表し、対応する遺伝子を同じ色で示しています。B:cyc遺伝子の系統関係と、46番目付近のアミノ酸配列。周辺の遺伝子の並びと系統関係を合わせると、体細胞型と精巣型が古い全ゲノム重複に由来することが支持されます。(論文Figure 1)

(2)カエルの2つの型はアミノ酸配列と発現する組織を分化
カエル2種のCYCタンパク質を比較すると、同じ種の体細胞型と精巣型のアミノ酸配列の一致率は84~85%でした。一方、2種間で同じ型同士を比べると、体細胞型は99%、精巣型は96%と高い一致率を示しました(図2)。2つの型が分かれた歴史は、2種のカエルが分かれた歴史よりも長く、その違いが配列にも反映されていると考えられます。
またカジカガエルにおいてこれらのタンパク質の発現を調べると、体細胞型は広い組織で発現し、精巣型は他の組織でも弱く発現するものの、精巣で優先的に発現していました。

図2 カエル2種のアミノ酸配列と組織ごとの遺伝子発現

A:2種の体細胞型(CYCS)と精巣型(CYCT)の配列比較。数値はアミノ酸配列の一致率です。Bbはカジカガエル、Bjはリュウキュウカジカガエルを示します。(論文Figure 2)

(3)共通の構造を保ちながら過酸化水素耐性などの性質が分化
カエル2種の体細胞型と精巣型、計4種類のCYCを大腸菌で作製し、性質を調べたところ、精巣型は体細胞型よりも熱変性が生じる温度が低く、酸化還元電位は高い値を示しました。2つの型では、熱に対する安定性や電子を受け渡す際の性質にも違いが生じていました。
さらに、3 mMの過酸化水素を加え、電子の受け渡しに関わる成分であるヘムの分解を吸光度の低下から調べたところ、両種で精巣型のヘム分解は有意に遅く、過酸化水素耐性が高いことが分かりました(図3、ヘム分解の半減期は、カジカガエルの体細胞型で約9分、精巣型で約19分、リュウキュウカジカガエルの体細胞型で約9分、精巣型で約31分)。

図3 精巣型シトクロムcの過酸化水素耐性

3 mMの過酸化水素を加えた後の408 nmの吸光度の時間変化(初期値を100%とした値)。縦軸の値が高く保たれるほどヘムが分解されにくいことを示します。精巣型(紫・緑)は体細胞型(破線)より低下が遅く、リュウキュウカジカガエルのTyr-46をPheに変えた精巣型変異体(橙、Y46F)では耐性が低下しました。Bb・Bjは図2と同じです。(論文Figure 6)

(4)多くの脊椎動物で共通しているTyr-46が2つの型の機能差の一部を担う
リュウキュウカジカガエルの体細胞型CYCの結晶構造を決定したところ、2種とも、体細胞型では46番目のアミノ酸がフェニルアラニン(Phe)、精巣型ではチロシン(Tyr)となっており、この位置はヘムの近くにありました。またAlphafold3による精巣型の予測構造では、Tyr-46がヘムに向いていました。
リュウキュウカジカガエルの精巣型でTyr-46を体細胞型と同じPheに置き換えると、元の精巣型より過酸化水素耐性が有意に低下しました(図3B、ヘム分解の半減期約19分→約16分)。この置換が他の測定特性に与える影響は小さく、Tyr-46が過酸化水素耐性に重要に寄与することが示されました(ただし、変異体の半減期は体細胞型と同じ値にはならず、Tyr-46は2つの型の機能差の一部を担うと考えられる)。
メカニズムとしては、Tyrが持つ水酸基が酸化反応を受け止め、ヘムへの損傷を和らげることが考えられます。また、配列の進化解析では46番目のアミノ酸の違いが種を超えて保存される傾向が認められ、2つのタンパク質の分化した性質も保存されている可能性が示されました。
 

図4 ヘムの近くに位置する46番目のアミノ酸

A:実験で決定したリュウキュウカジカガエルの体細胞型CYCの結晶構造。B:結晶構造とAlphaFold3による4種類の予測構造の重ね合わせ。ヘム(Heme)の近くに、体細胞型のPhe-46(F46)と精巣型のTyr-46(Y46)が位置します。青緑は結晶構造、青・赤は体細胞型、紫・橙は精巣型の予測構造です。Bb・Bjは図2と同じです。(論文Figure 4)

今後の展開

本研究の結果、必須タンパク質であり、どの細胞でも均質であると考えられがちなミトコンドリアで働くタンパク質についても、核ゲノムの進化が組織に応じた性質の獲得を可能にしたことが示唆されました。これは、全ゲノム重複の意義を、エネルギー代謝という生命の基本的な働きまで拡大する成果です。
精巣型CYCの過酸化水素耐性は、精巣内の活性酸素への対応に役立っている可能性がありますが、生体内での働きや生殖との関係についてはまだ分かっておらず、今後の課題です。また、他の脊椎動物では46番目のアミノ酸がPheとTyrに対応しない例もあり、比較対象を広げることで、共通する性質と系統ごとに異なる仕組みの解明が期待されます。2種のカエルが暮らす温度環境とCYCの性質との関係も現在、研究を進めています。

用語解説

  • シトクロムc:ミトコンドリアで電子を受け渡し、細胞がエネルギーをつくる過程を支えるタンパク質です。タンパク質内部のヘムという分子構造に含まれる鉄が、電子の受け渡しを担います。本資料ではタンパク質をCYC、その遺伝子をcycと表記しています。
  • 全ゲノム重複(WGD):生物が持つ遺伝情報の一式(ゲノム)が丸ごと重複することです。多くの遺伝子のコピーが同時に生じ、その後、一部が失われたり、異なる役割を持つようになったりします。
  • オーノログ:全ゲノム重複によって生じた、共通の祖先を持つ遺伝子同士のことです。遺伝子重複の重要性を提唱した日本の進化学者である大野乾(おおの すすむ)博士にちなんでそのように呼ばれます。本研究では、体細胞型と精巣型のcyc遺伝子がhox遺伝子群を含むシンテニー上に存在することでこの関係にあることが支持されました。
  • 体細胞型/精巣型cyc:シトクロムcをつくる2つの型の遺伝子です。体細胞型(cycs)はさまざまな組織で、精巣型(cyct)は主に精巣で働くことに由来する名称です。精巣型も、精巣以外で弱く発現することがあります。
  • ヘム:鉄原子を中心に持つ環状の分子です。シトクロムcの内部に結合し、鉄が電子を受け渡すことで働きます。本研究では、過酸化水素によるヘムの分解されにくさを比較しました。
  • 過酸化水素(H₂O₂):酸素と水素からなる分子で、活性酸素の一種です。細胞内でも生じ、情報伝達に関わる一方、多すぎるとタンパク質などを傷つけます。本研究では精製タンパク質に加えて耐性を調べました。
  • AlphaFold3:アミノ酸配列などの情報から、タンパク質や、それに結合する分子を含む立体構造を予測するAIです。予測は実験で測った構造とは区別されるため、本研究では、リュウキュウカジカガエルの体細胞型CYCの構造を結晶構造解析で決定し、4種類の予測構造と比較しました。
  • シンテニー:ことなる種の染色体間で複数の遺伝子が同じ並び順で存在する領域を指します。祖先の同じ領域から遺伝子が受け継がれている証拠になります。
  • hox遺伝子群:頭から尾に向かう体の各部分の位置や形づくりに関わる遺伝子の集まりです。脊椎動物のhoxa、hoxdなどの遺伝子群は脊椎動物の祖先で生じた全ゲノム重複に由来し、本研究ではcyc遺伝子の起源を探る目印となりました。

参考資料

掲載雑誌名 : Molecular Biology and Evolution
掲載日   :10月12日
論文タイトル: Ancient nuclear genome duplication events in vertebrates facilitated the functional diversification of ohnologous cytochrome c: Insights from Buergeria frogs
著者    : Yuka Asaeda, Sotaro Fujii, Hajime Ogino, Michael A. Hough, Takeshi Igawa, Yoshihiro Sambongi
DОI   :10.1093/molbev/msag243