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北海道固有種のエゾユキシリアゲを30年ぶりに正式に記録

~日本のユキシリアゲの生態解明に大きく貢献~

ポイント 

  •  北海道固有種のエゾユキシリアゲを大雪山系から30年ぶりに正式に記録。
  • これまで記録がなかった札幌市でも本種を新たに発見。
  • これまで全く知られていなかった本種の自然史的な知見を報告。

概要

北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーション和歌山研究林の福山伊吹特任助教、同苫小牧研究林の細木拓也特任助教、同大学大学院環境科学院博士後期課程の髙木惇司氏、北川康太氏、三枝弘典氏、早川 慧氏、同修士課程の福田将之氏、弁理士法人IPXの細木 萌弁理士、広島修道大学人間環境学部の鈴木智也准教授らの研究グループは、これまで大雪山系のみから報告されていた北海道固有種のエゾユキシリアゲ(Boreus jezoensis)を新種として記載して以来、30年ぶりに正式に記録するとともに、新たに約170km離れた札幌市からも多くの個体を発見しました。
ユキシリアゲ(Boreus)は、冬季に雪上で活動することで知られる小型の昆虫です。これまでこのグループについて研究の多くはヨーロッパや北アメリカで行われており、東アジアの種における自然史的な知見はほとんど得られていませんでした。日本のユキシリアゲとしては、これまでエゾユキシリアゲ(Boreus jezoensis)一種のみが知られ、1996年に新種として記載されて以来、論文としての報告はありません。今回、本種の記録が唯一存在する大雪山系と、これまで記録がなかった札幌市で調査を行い、高標高地の積雪付近のコケからユキシリアゲを採集しました。それらは、形態観察によりエゾユキシリアゲであると確かめられ、遺伝学的な解析により大雪山系と札幌市の個体群は遺伝的分化が小さいことも明らかになりました。また、それぞれの地点で複数回行った野外調査で明らかになった本種の様々な生態的な知見が得られたとともに、近年の地球温暖化により本種の出現時期が変化している可能性も示唆されました。本成果は、これまでほとんど情報がなかった東アジア地域のユキシリアゲの生態解明に大きく貢献する重要な成果と言えます。
なお、本研究成果は、2026年4月21日(火)公開の日本昆虫学会国際誌Entomological Scienceにオンライン掲載されました。

今回、発見されたエゾユキシリアゲの成虫(上)とその生息環境(左下)及び採集地(右下)

背景

地球温暖化の進行により、山岳地域の雪氷環境は急激に変化しています。こうした環境には、雪の上やその周辺に特化した独自の生物が生息しており、そういった生物の生息状況を明らかにしていくことは生物多様性保全の観点からも非常に重要です。しかし、急速な生息地減少やアクセスの難しさなどから多くの種について調査が進んでおらず、どのような生物が暮らし、その生態は如何なるものであるかといったことは、まだ十分に分かっていません。
ユキシリアゲ(Boreus)は、冬季に雪上で活動する小型の昆虫で、北半球の寒冷地域に広く分布します。このグループについては、ヨーロッパや北アメリカで多くの研究が行われている一方で、東アジアの種については、基礎的な情報がほとんどありませんでした。特に日本では、エゾユキシリアゲ(Boreus jezoensis)が1996年に北海道の大雪山系から新種として報告されたのみで、その後の記録がなく、生態的な情報などは全くと言っていいほど存在しませんでした。

研究手法

本研究では、北海道の大雪山系と札幌市において現地調査を行い、積雪付近のコケから計26個体のユキシリアゲを採集しました(図1)。採集した個体については、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーション苫小牧研究林で、顕微鏡を用いた形態観察により種の判別を行うとともに、遺伝情報(ミトコンドリアDNAのCOI遺伝子)の解析により、種の遺伝的な系統関係を調べました。

研究成果

形態観察の結果、大雪山系と札幌市で採集された個体は、全てエゾユキシリアゲであると確かめられ、新種として記載されて以来、約30年ぶりに本種を正式に記録しました。大雪山系の既知産地から約170km離れた札幌市でも本種が確認されたことから、エゾユキシリアゲが実は北海道の高標高域に広く分布している可能性が明らかになりました。また、遺伝学的な解析により、本種はヨーロッパの種ではなく、北アメリカ大陸の種と比較的近縁である可能性が高く、大雪山系と札幌市の個体群の間では遺伝的な分化が小さいことも明らかになりました(図2)。さらに、それぞれの地点で複数回行った野外調査に基づいて、本種は積雪付近のコケ群落を選好している可能性が高いことや5月と6月に繁殖行動が見られたことなどの生態的な知見を報告しました。1993年に大雪山系で行われた調査で本種は7月中旬から8月上旬にかけての時期に採集されていましたが、2024年7月下旬に同地点で行った調査では本種は採集できませんでした。その一方で、2025年6月上旬に行った調査で本種を採集しています。この30年間の地球温暖化で当地付近の7月の平均気温は3℃ 以上上昇しており、少なくとも1996年8月には調査地は大きな雪渓に覆われていましたが、2024年7月下旬の調査時には雪渓はほとんど溶けてしまっていました(図3)。このことから、近年の地球温暖化による気温上昇で、本種の出現時期が早まっている可能性があります。

今後への期待

今後は、北海道の他の山岳地域も含めた広域的な調査を行うことで、本種の分布の全体像を明らかにすることが期待されます。また、継続的な野外調査によって、より詳しい生態を明らかにするとともに、気候変動に伴う活動時期や生息環境の変化を把握することが重要です。さらに、より多くの遺伝子データや、より広い地域から集めたサンプルを用いた解析を行うことで、ユキシリアゲの進化史や東アジア地域への分散過程のみならず、北方に生息する生物の多様性が生まれ、また消失する過程について、より詳細な理解が得られることが期待されます。

図1.大雪山系で発見されたエゾユキシリアゲのオス(左上)、交尾中のエゾユキシリアゲの雌雄(左下)、札幌市での調査風景(右)。

図2.ユキシリアゲの系統樹。支持率は低いものの、エゾユキシリアゲは北アメリカの種と姉妹群を形成した。

図3.大雪山系におけるエゾユキシリアゲの生息環境の変化。1996年8月(上)には大きな雪渓に覆われていたが、2024年7月の調査時(下)には雪渓はほぼ失われており、エゾユキシリアゲも確認できなかった。2025年6月の調査では、雪上歩行のほか山スキーも用いて広範囲に調査を実施した(右)。

謝辞

 本研究はJSPS科研費JP24KJ0005、JP23KJ0008の助成を受けたものです。

論文情報

論文名 Molecular identity and natural history notes of Boreus jezoensis (Mecoptera: Boreidae)       
    in the Japanese archipelago.(エゾユキシリアゲの遺伝的特徴及び自然史的知見)
著者名 福山伊吹1、細木拓也2、髙木惇司2,3、北川康太2,3、細木 萌4、三枝弘典3、福田将之2,3、早川 慧3、鈴木智也51北海道大学北方生物圏フィールド科学センター和歌山研究林、2北海道大学北方生物圏フィールド科学センター苫小牧研究林、3北海道大学大学院環境科学院、4弁理士法人IPX、5広島修道大学人間環境学部)
雑誌名 Entomological Science(昆虫学の専門誌)
DOI 10.1111/ens.70020
公表日 2026年4月21日(火)(オンライン公開)