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絶滅危惧種タガメの新たな自然集団を発見!人間環境学部鈴木智也助教 研究成果発表

本研究のポイント

  • 九州のタガメは生息数が減少しており、危機的な状況である
  • 熊本県南部地域で、これまで知られていなかったタガメの新たな自然集団を発見した
  • 九州のタガメを保全する上で極めて重要な発見である

概要

研究内容

広島修道大学の鈴木智也 助教、熊本県立大学の一柳英隆 学術研究員、長崎大学の大庭伸也 准教授からなる研究グループが、熊本県南部地域で特定第二種国内希少野生動植物種に指定されている大型水生昆虫であるタガメの新たな自然集団を発見しました。
タガメはかつて日本列島に広く生息していたものの、都市化による生息環境の悪化などによりその生息数が大きく減少しています。特に九州地域ではタガメの生息数減少が著しく、危機的な状況です。そのような状況の中、研究グループでは一柳 学術研究員を中心として熊本県南部地域のタガメの保全活動を展開してきました。この保全活動では、熊本県南部で唯一確認されていた既知のタガメ生息地※(「保全地①」)の安定した生息個体数の維持を目指すと共に、保全によって個体数が増加した「保全地①」から新たな生息地へ個体を移植することで「保全地②」を創設し、今後の保全活動に役立てる試みも実施しています。
上記の保全活動を展開していく中で、「保全地②」の近くにこれまで知られていなかったタガメの生息地(「新産地」)が発見されました。そこで研究グループが、「新産地」のタガメと「保全地①」および「保全地②」のタガメのDNAを比較した結果、「新産地」のタガメは「保全地①②」とは独立して、これまでひっそりと生き残っていた自然集団である可能性が高いことが示されました。この発見は、九州のタガメを保全する上で極めて重要であるといえます。
本研究成果は 2023年12月8日に日本昆虫学会国際誌『Entomological Science』で公開されました。
詳細は、添付の資料をご確認ください。

※保全上の観点から、生息地の正確な位置は公開していません

書誌情報

発表論文タイトル

Discovery of a new population of the endangered giant water bug Kirkaldyia deyrolli (Heteroptera: Belostomatidae) in Kyushu and evaluation of their genetic structure

著者

Tomoya SUZUKI, Hidetaka ICHIYANAGI, Shin-ya OHBA

雑誌

Entomological Science 

論文へのリンク

研究の背景と経緯

図1:卵を保護するタガメのオス。

日本列島は生物多様性の「ホットスポット」と呼ばれており、世界的に見ても生物多様性が高く、一方でその多様性が急速に失われつつある地域とされています。したがって、日本列島の生物多様性保全は極めて重要な課題であるといえます。そのような中、環境省は2020年から絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(通称、種の保存法)に基づく国内希少野生動植物種の規制において、販売や譲渡を禁止する「特定第二種国内希少野生動植物種」の指定を進めており、本研究で着目する大型水生昆虫のタガメ(図1)も本制度の施行当初に指定されています。
タガメは水田や池沼などの止水環境に生息しており、かつては日本列島に広く分布していました。しかし、都市化や水田の圃場整備、農薬の使用などによりその生息地・生息数は激減し、現在は限られた地域にのみ生息する希少種となっています。特に九州地方ではタガメの生息地・生息数の減少が著しく、現在は小さな集団(注1)が孤立散在的に残されているのみとなっています。

図2:本研究の調査地の位置関係。保全上の観点から詳細な位置は公開しない。

このような状況から、熊本県立大学の一柳英隆 学術研究員は、熊本県南部地域のタガメの保全に取り組んでおり、熊本県南部で唯一知られていたタガメの生息地(「保全地①」)の個体数を安定的に維持できるように、生息環境の改善などを実施してきました。さらに一柳 学術研究員は、「保全地①」の個体を17.3 km離れた「保全地②」に移植し、新たなタガメの集団を創設する試みも進めてきました(図2)。
以上のような保全活動を実施する中で、「保全地②」から1.7 km離れた地点(「新産地」)で新たにタガメの生息が確認されたのですが(図2)、この地点の個体は「保全地①」や「保全地②」から移動してきた個体なのか?あるいは「保全地①②」とは独立した、人知れずひっそりと生き残ってきた独自の集団なのか?については明らかになっていませんでした。そこで本研究では、各集団のタガメのDNAを比較することで新たに確認された「新産地」のタガメの由来を追究しました。

研究の成果

図3: DNAの多型情報(59,279箇所)に基づく主成分分析の結果。各プロットは解析した個体を示す。新産地の個体は保全地①②の個体と大きく離れた位置にプロットされることから、遺伝的に異なる集団であることがわかる。長崎、島根のサンプルは、保全地と新産地の遺伝的な違いがどの程度のものか検証するために解析に含めている。

研究では、次世代シーケンサーを使用してゲノム(注2)の広範な領域に散在するDNAの多型を検出し、このDNA多型情報に基づいて各集団の関係性を明らかにしました。次世代シーケンサーで得られた各集団のDNA多型情報を比較した結果、「新産地」のタガメは「保全地①②」とは独立して、これまでひっそりと生き残ってきた自然集団であることが強く示唆されました(図3)。タガメの生息地・生息数が極めて少なくなっている九州でこのような新たな集団が発見されたことは、今後、近親交配(注3)を回避して集団の遺伝的多様性(注4)を維持する保全活動を展開していく上でも大変重要であるといえます。
また、前述のように、タガメは絶滅が危惧される希少種であることから、本研究では各集団のタガメのDNA情報を得るために、タガメの中脚の先端2 mmほどを採取し、個体を生きた状態で元の生息地に戻す手法を採用しました。中脚の先端を切断されたことによる個体への影響はほとんどなく、その後の繁殖活動も問題なく行えることは先行研究から明らかになっています。本研究の解析では約6万箇所のDNA多型情報が得られており、個体へのダメージを最小限に抑えた手法でも十分なDNA多型情報を得ることができることが示されました。この成果も、今後、絶滅危惧種の遺伝子解析を実施する上で重要な情報を提供するものと言えます。

今後の展開

本研究では九州のタガメに着目しましたが、タガメは全国的にも生息地・生息数を減らしており、各地で保全活動が実施されています。今後、日本列島広域のタガメ集団のサンプルも含めたDNA解析を実施することで、日本列島のタガメにおける集団間の遺伝子流動(注5)などを明らかにし、各地の保全活動にも役立てたいと考えています。

用語解説

注1)集団
同種の個体の空間的にまとまりのある集まりのこと。
注2)ゲノム
特定の個体、集団あるいは分類群を規定する遺伝的要素全体のこと。
注3)近親交配
近縁な個体間の交配のこと。近親交配は奇形の産出や繁殖力の低下など、生物にマイナスな影響を及ぼす可能性がある。
注4)遺伝的多様性
種内や集団内における遺伝子の多様性のこと。DNAの複製ミスや交配(個体間の遺伝子の交換)によって創出される。近親交配が進むと遺伝的多様性は低下する。
注5)遺伝子流動
異なる集団の個体間が交配することで生じる遺伝子の移動のこと。 

研究助成

1)科学研究費助成事業
研究課題名: 「オスの卵保護と子殺し行動の進化:タガメの繁殖行動の個体群間変異から迫る」
研究種目: 科研費基盤B
研究課題番号: 23H02224

2)国立研究開発法人化学技術振興機構
事業: 研究成果展開事業 共創の場形成支援プログラム
研究タイプ: 共創の場形成支援プログラム 地域共創分野(本格型)
研究課題名: 「流域治水を核とした復興を起点とする持続社会」地域共創拠点
研究課題番号: JPMJPF2109