■本稿では、「教科書体」の字形は、「明朝体」の字形よりも、「手書き」の「手本」としては適しているという意味の事を述べてきた。■しかし、極言すれば、「教科書体」も、「明朝体」も、筆で書いた文字の字形を意識したものであり、筆以外の道具で「手書き」学習する時の「手本」としては、どちらも違和感があるともいえる。■筆という道具は、線の太さを流動的に大きく変化させながら書く事ができる、稀有な道具である。しかし、私の担当科目の授業や筆記試験において、学生は筆ではなく、シャープペンシルを使って漢字を「手書き」するのである。私の授業に限らず、現代の日本社会全般において、筆を使って文字を書くシーンは少ない。■大学生の漢字の「手書き」指導に取り組む私の立場としては、筆で書いた文字の字形という固定観念を脱した、現代の大学生がよく使うシャープペンシルで書いた文字の字形に近いデザインの、新しい「フォント」の開発が待たれるところである。■大学生がその新しい「フォント」の漢字を「手本」として、そのまま真似て自分のシャープペンシルで書けば、容易に正しい画数・正しい字形の漢字が書ける、という状況になれば、大学生も教員も、漢字の「手書き」にまつわる様々な煩雑さから解放されるであろう。■一例として、「大」という漢字を採り上げて説明しておきたい。■「大」という漢字の、二画目は「左払い」であり、三画目は「右払い」であるが、■これをシャープペンシルで書くと、「左払い」の先端の形と、「右払い」の先端の形は、殆ど同じになる。どちらかの先端が細くて、どちらかの先端が太い、という事はない。■シャープペンシルで書いた、二画目の先端と、三画目の先端の、先細り加減は、殆ど同じである。■しかし、「明朝体」でも、「教科書体」でも、「大」の「左払い」の先端の形と、「右払い」の先端の形は、異なる形にデザインされている。特に、「右払い」の先端の形は、筆を使って書かないと表せない形にデザインされている事が明らかである。■筆を使って書かないと再現できない字形の「フォント」を、筆以外の道具で漢字を「手書き」練習する時の「手本」にすると、学習者にストレスを与えてしまう可能性があると思う。■既に引用したように、私は自分の授業で配布する「ガイダンス」の中で、「漢字を『正しく』書くためのポイント」として、「『止め』と『払い』の書き分けは出来ていなく― 29 ―
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