■■■と考えられる。小学校~高校までの間に培ってきた折角の漢字力を、簡単に手放してしまうのは勿体ない。「出席カード」・「小テスト」・「期末試験」において漢字を丁寧に「手書き」する事。■(3)「異文化理解」の姿勢を身に付ける。■「異文化」とは、外国の文化だけを指すわけではない。同じ日本という国の文化であっても、数百年以上も前の古い日本の文化は、現代日本人にとって一種の「異文化」である。「異文化」を真摯に学ぶ事を通して、視野を広げ、自分自身の立ち位置を客観的に俯瞰する力を身に付ける。■■私の担当科目は、どれも必修科目ではないので、このようなシラバスの文言を読んでその趣旨に同意できる学生のみが履修すればよい。■■漢字の「読み」の学習と、「書き」の学習は、いわば車の両輪のような関係にあり、どちらも重要であるが、私の科目では、特に「書き」の学習の方に力点を置く傾向がある。筆記試験の得点に基づいて成績評価を行う都合上、そうならざるを得ない。■《■3■》■大学の授業で用いられるテキストと「明朝体」■■既に述べた通り、現代の大学生が「常用漢字」以外の漢字の読み書き学習に取り組む事は、人として教養を深める上で非常に有意義な体験であると私は確信している。しかしその一方で、実際問題として、特に「書き」に関して、指導上の困難を痛感せざるを得ない。■■例外もあるが、現代の一般的な大学生は、小学校から高校までの間、ずっと「教科書体」のテキストを使って学習していたにも関わらず、大学に入学した途端、主に「明朝体」のテキストを使って学習する仕儀となっている。■■これら「教科書体」と「明朝体」の漢字の字形の差が、線の太さや、線の傾きの角度といったレベルにとどまっていれば、特に問題は生じないであろう。しかし困った事に、字によっては(部首によっては)画数が違って見える程に「教科書体」と「明朝体」の字形の差が大きいというケースが存在するのである。■■その原因の一つは、「明朝体」の特色として、漢字を構成する線の折り目の部分が、角張って大きく突出したような形にデザインされている事である。■― 21 ―
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