大学広報
University Public Relations

2017作品コンテスト入賞作品

玉野市復活計画

岡山県立玉野高等学校1年  久富 稜

 私が住む岡山県玉野市には、魅力がない。こう書いてしまうと、何とも夢も希望もないように思われるだろう。しかし、現実は寂れきってしまっている。夏休みのショッピングセンターには、高齢者しかいない。数年前に香川県高松市と玉野市宇野を結ぶフェリーも一社撤退して、一社のみの一時間に一本の運航となってしまった。この春からはさらに減便されて、二時間に一本の運航になってしまった。また、昔は「築港銀座」と呼ばれて旅行客でにぎわっていたアーケード街も、今ではシャッターの閉じた店の多い、アーケードも外されたただの商店の建ち並ぶ集落でしかない。かろうじて、三年に一度の瀬戸内国際芸術祭の時期には県内外、国内外から多くの観光客が訪れるが、普段は閑散とした町だ。
 かつては造船業でその名を知られ、瀬戸大橋ができるまでは確かに玉野市は「四国への玄関口」だった、と祖父母も言っていた。さらに祖父母の話からは、「玉野市は海に面しているから、古くから基幹産業の造船業がとても栄えていて、以前は船の中に電車が入って行っていた」ということだった。
 「海に面した町」ということは、「海と生きる町」とは呼べないだろうか。宇野港では瀬戸内国際芸術祭が開かれていなくても、作家のオブジェが飾られ続け、会期中には見に来られなかった人々が、国内外を通じてやってきている。多種多彩なアートがあり、どれも撮影は自由だ。思い思いのポーズ、構図でカメラに収まっている。また、「UNOICHI」と呼ばれる定期的なイベントが行われ、玉野市のソウルフード「温玉めし」の販売が行われたり、大型船が入港して来て歓迎するイベント「港フェスティバル」が行われたりしている。私も高校生ボランティアとして参加し、地域の方や外国の方とも会話し、英会話の難しさやもどかしさを肌で感じつつも、様々なことを実感することができるいい体験を重ねている。そして、市内には西日本屈指の海水浴場である渋川海岸があり、砂浜ではビーチサッカーや、ビーチバレーが行われ、時には有名な元サッカー選手や元バレーボール選手がやってくる。そして幅広い年齢層のチームたちが、華麗な技やアクロバティックなプレーで観客を魅了し、会場を大いに盛り上げる。近隣の王子が岳に目をやると、空にはハンググライダーやパラグライダーが飛び交っている。開けた海への景色から、受験期の中高生や嫌なことや悩みを抱えた人達が、360度瀬戸内海を一望できる絶景に心を落ち着かせている、という話も聞いたことがある。こんな素晴らしい風景は広い日本中探してもほとんど見られないだろう。
 そう考えていくと、玉野の町もまだまだ捨てたモンじゃない、「魅力がない」なんてただ自分が自分の住む町を知らなかっただけだ。「わたしのまちを世界とつなげる」。今までは造船業やフェリーによる集客でにぎわっていたが、これからは「海との共生」をテーマにした既存のイベントにもっと我々中高生が企画・立案・運営に関わり、新しい意見と風を大人達に送っていきたい。青い海と広い空、緑がすがすがしい山々を併せ持つのは、私たちが住むこの玉野市の「強み」だと思う。この強みを前面に押し出して、瀬戸内海と王子が岳などがもつ自然の美しさや素晴らしさを国内外に発信していきたいと思う。そのための一歩として、「UNOICHI」や「たまの港フェスティバル」など玉野市内各地で行われるイベントに積極的に関わって、「海と共に生きる町 玉野」をPRしていくつもりだ。