大学広報
University Public Relations

2017作品コンテスト入賞作品

福山のバラで世界とつながる

盈進中学校2年  金田 いつき

 私の住んでいる広島県福山市は「百万本のバラの町」として知られています。1985年にバラが市の花に制定された背景には、福山市が歩んだ戦後の復興への道が大きく関係しています。
 1945年8月8日の福山大空襲によって福山市は市街地の約八割を焼失しました。戦災によって人々の心まで荒廃した福山の町に再び安らぎを取り戻そうと千本のバラを植える取り組みが始まったのが1956年。それから60年後の昨年、市制100周年を迎えた2016年には市内を彩るバラの本数が百万本に達するに至りました。福山市は市民の心によって復興を遂げた街として「思いやり、優しさ、助け合いの心」を「ローズマインド」と呼び、広く市民に呼び掛けています。
 黄色い花を咲かせる「プリンセス福山」、白色の大輪「ローズマインドふくやま」といった福山オリジナルの品種もいくつか改良され、市民の手によって大切に育てられています。しかし、そんなバラの町福山で、もう一つ大切にされているバラが存在します。
 「アンネのバラ」——ナチスドイツによるユダヤ人迫害の犠牲となったアンネ・フランクを偲んでベルギーの造園家が新種に命名したバラです。アンネの父親のオットー氏が世界各地に苗木を送り届けた一つがこの福山市にも花を咲かせているのです。市内にあるホロコースト記念館の館長さんが訪問先のイスラエルで偶然オットー氏と出会い、平和の作り手になってほしいと託されたことが、そのきっかけでした。この記念館には第二次世界大戦の大量虐殺(ホロコースト)に関する資料や『アンネの日記』にまつわる解説、多くの遺品が展示されています。私も小学生のときから何度か訪れていますが、その都度アンネの置かれた状況の過酷さに胸が痛みます。「アンネのバラ」は資料館の中から見ることができます。つぼみの時は赤く、咲き始めはオレンジ、その後黄色、ピンクと色を変えるそのバラはアンネが生きていれば色とりどりの夢を見ることができたであろうという思いが込められています。私はバラを見て、もちろん花びらの美しさにも目をひかれますが、同時に、とげのある茎が新緑の五月に力強く太陽に向かって伸びる姿にはたくましさも感じます。「アンネのバラ」もその可憐さの奥にアンネ自身の平和を願う強い意志を秘めているように思えるのです。
 福山市では同じく市の花を「バラ」とする韓国の浦項市、そしてハワイ州のマウイ郡と親善友好都市を結び、同じくバラで有名なブルガリアとも交流を図っています。一本のバラには私たちの街と世界を結びつける力があります。バラを愛する心を忘れなければ私たちは平和の作り手になれるはずです。それがアンネの望む世界の姿だったのだと私は信じています。