大学広報
University Public Relations

2017作文コンテスト入賞作品

二つの子守唄がくれた夢

盈進中学校2年  宮永 心

 「眠れ、眠れ、母の胸に」--私が幼かった頃、眠る時にはいつも母がこの子守唄を歌ってくれていました。その歌を聞きながら布団の中にいるととても心地よかった記憶があります。
 歌や音楽が身近にある環境で育ったせいでしょうか、私は音楽が大好きです。小学五年生から続けている琴の演奏もそうですし、中学生となった今は吹奏楽部でトランペットを担当し、みんなで音楽を作り出す楽しみも覚えました。
 そんな私が、ある日母が歌ってくれていた子守唄が「シューベルトの子守唄」だと知る機会がありました。日本語の歌詞だったので、てっきり日本の子守唄だと思い込んでいた私は驚きました。調べてみると、1816年にドイツで作曲されたのち、1900年代に内藤濯さんによって日本語に訳詞されて日本でも広まったようです。内藤濯さんと言えばあの『星の王子さま』の翻訳でも有名な方で、さらに驚きました。
 この曲はドイツで作られてから何十年も経って日本語だけでなく沢山の言語に訳詞され、世界中の子どもたちに歌い聞かせ続けられていることを知って感動しました。同じようにモーツァルトの子守唄や、ブラームスの子守唄なども訳詞されて、今でも歌われています。いい音楽は国境だって言語の壁だって超えていけるのだと改めて感じることができました。
 私の住んでいる街、岡山県井原市は、中国地方の子守唄発祥の地と言われています。市内には子守唄にちなんだ彫刻やモニュメントもたくさん存在します。「ねんねこしゃしゃりまーせ」で始まるこの子守唄は、井原市出身の声楽家上野耐之さんが恩師の山田耕筰先生に披露したのがきっかけで発表されることになった作品です。井原市は市民会館にある時計塔から毎日夕方五時にこの子守唄をミュージックチャイムとして流しており、地元の子どもたちはみんなこの子守唄を聞いて家に帰るのです。この曲を毎日のように聞いて育ってきた私にとっては、母の歌ってくれたシューベルトの子守唄と並んで、思い出深い一曲です。
 私は、海外の子守唄が日本の子どもたちを眠りに導くように、私が慣れ親しんできたこの日本の子守唄が世界のどこかで訳詞され、子どもたちに歌われる日が来るといいなぁと思っています。母が子を思う気持ちは世界共通であり、子守唄の文化はこれからも永遠に続くと思うからです。
 私は将来小児科もしくは産婦人科の医者になって子どもたちの成長に関わる仕事をしたいと思っています。そしてもしこの夢が叶えば、音楽の楽しさや音楽の持つ力を生かした医療活動を行いたいと考えています。それが子守唄の町で日本と世界と二つの子守唄に育てられた今の私の夢です。